|はじめに|
 今を去る百年、明治36(1903)年に京都帝国大学の学生が武徳会で演習を開始し、大学運動部の予算を要望するなどの部としての活動の実績も残し、日本で最初の学生馬術部が誕生しました。その10年後には、自馬を有する日本最初の自馬制学生馬術部として発展、戦前は長途騎乗の最盛期に活躍し、第2次世界大戦末期から終戦直後の未曽有の困難を克服して自馬制を守り続け、戦後馬術の復興期には、銀蹄会自馬競技大会を10年にわたって主催し、さらに、オリンピックには銀蹄会員の川口宏一ならびに荒木雄豪の両先輩が出場をはたされる等、競技馬術の隆盛にも大きな貢献をして参りました。本学の馬術部にて、いち早く自馬制を確立し、大学の課外体育活動として人格の陶冶にも地道な寄与を今日まで果たし得たのも、諸先輩はじめ、馬術関係者、大学関係者のご尽力、ご支援の賜物と深く感謝しております。
 馬術はギリシャの古代より、人力の数十倍にも匹敵する力を人が自在に操れる技として、人の叡智が結晶され、完成されてきました。蒸気機関の発明以来、人の力が宇宙に及ぶまで発展した今日においても、人と馬とが一体になって成就する馬術は、与えられた条件の中で自他の能力を最大限、スムーズに発揮するための訓練、人間関係の基本を教え育むかけがえのないユニークなスポーツであります。
 今日の大学教育においては、百年前とは比較にならない厖大な知識をわずか四年で修めねばならない学生は、知識の蓄積のみに追われ、それを人間社会において如何に有効に生かすかの基本を学ぶ機会が少ないだけに、学生馬術の果たす役割はますます重要になっています。とりわけ本学のように、自馬制を維持する為には限られた時間を活用して馬の管理に調教、そしてその成果を人馬一体となって発揮する競技など、馬術部を通して学ぶところはきわめて大きいといえます。
 今回百周年記念出版として「銀蹄拾遺」を纏めるに至ったのは、馬術部の教官と学生が輪講という伝統的形式で馬術について自主学習した教材を「京大馬術部事始」として出版していたことが契機になりました。顧みますと南大路、荒木、岩坪の諸先輩など歴代の銀蹄会員がこれまでも馬術の名著を多数翻訳されたにも拘わらず、当時の経済状況からガリ版刷りであったり、限定出版であった為に広く読まれていなかったように思います。これらの貴重な文献を、この際あわせて印刷し、さらに、本来ならば京大馬術部史としてまとめるところのものを、世界的、歴史的視野から「京大馬事史略」として編集させて頂くことになりました。
 創設百周年にあたり馬術部伝統の力が集約された本書が、今後百年の学生馬術の発展に大きく貢献することになればと願っております。
                      銀蹄会理事長
家森幸男 
 
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