農学系の大学で水産学や海洋学など水圏の応用科学を勉強している学生の皆さんは大学に入学すると、教養教育として数学や物理を学ぶ機会があると思います。あるいは自由に授業を選択できる場合には、これらの科目への苦手意識のために履修を回避することもあるのかもしれません。もしかしたら、数学や物理の勉強が社会に出てからいったい何の役に立つのか、という疑問を高校時代に感じたこともあったのではないでしょうか。大学を含め、学校の授業というものは積み重ねです。自然科学の分野の中で、数学は絶対的な真理を証明によって求める唯一の学問です(ピタゴラスの定理を思い出してください)。逆に言えば、数学の発展があって、他の自然科学が進歩したと言うことができます。人文社会科学も然りです。例えば経済学ではインフレやデフレを微分で捉えたりします。また、数学は単に方程式や問題の解き方を覚えるだけの学問ではなく、物事の関係性を理論的に理解するための考え方を鍛えるものです。つまり、数学を通じて培われる考え方は、実社会では欠かせないものなのです。
農学や水産学は自然科学と人文社会科学を基盤にした応用学問です。そして海や水産を取り巻く社会は、それらを基礎として修得し、様々な応用によって問題解決にあたることができる人材を要望しています。例を挙げたらきりがありませんが、魚介類の保蔵を行う場合には、対象とする生物の性状と保蔵する機器の電気的性能の双方が重要になりますし、海洋環境や生物資源の変動を調べるときには、機器や網(電気や力学の理解が重要)を用いた観測データを扱ったり、数学的なモデリングを検討したりします。
ですから、大学1年生のときにこれらの基礎的な内容を教養科目として勉強することが重要なのです。さらに幸いなことに、数学や物理の証明や計算に取り組むとき、多くの忍耐力と集中力を要しますが、これは皆さんが社会に出てから直面する様々な問題を注意深く解決していくときに、大いに役立つ基本的な素養となります。
農学系の大学で水圏の応用科学を学ぶ学生の皆さんについては、生物学や化学に比較して、数学や物理学の素養が乏しくなっている傾向が年々強まっていることが、現場の大学教員や、卒業生を受け入れる社会の側から憂慮されています。日本水産学会・水産教育推進委員会では、学生の皆さんにとって少しでも理解の助けとなる教材ができないか、という要望に応える形で、本書を企画・編集しました。
執筆者の先生方は水産学の様々な分野でご活躍の方々です。数学や物理学の専門家ではありませんが、日常の教育活動の中で水産系の学生の皆さんを相手に授業や実験、学位論文研究で指導にあたっており、専門教育や卒業研究が始まる前にぜひ学習しておいてほしいことを知り尽くしていらっしゃいます。本書では、高校で習った内容と大学で習い始める内容との間に生じがちなギャップをできるだけ埋めるように配慮して御執筆を頂きました。また、本書に書かれている内容は、水産系の学部教育を修了した時点でぜひマスターして欲しい事柄でもあります。そして、卒業後も忘れがちな内容の確認に活用できるものにもなっています。皆さんにとって本書が身近な一冊となることを願っています。
(後略)
平成23年3月1日
日本水産学会 水産教育推進委員会
萩原篤志(長崎大学)・佐藤秀一(東京海洋大学)
良永知義(東京大学)・石川智士(東海大学)
渡部終五(東京大学)
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