|はじめに|

 単位は,まずもって生活の中から生まれてきました.特に,長さ,質量,時間という3つの基本量は生活に欠かすことのできない量で,それぞれの地域や国の中で,自然発生的に,あるいは王様の権力下に,独自の単位が使われていました.しかし,人間の生活圏が広がり,交易が広まってくると,まちまちだった単位を統一する必要が生じてきました.体積や重さを表す共通の単位が決まっていないと,ある農作物を売買することができません.時間についても,共通の単位がないと,商談で待ち合わせする日時を決めることができません.そんな不便を解消するために,現在では国際的に,長さは「メートル」,質量は「キログラム」,時間は「秒」という単位が取り決められています.
単位は,生活の中だけに押し留まるものではありません.科学を前進させる大きな力にもなっていきます.漠然と存在していると感じていた量をはっきり意識下におくようになったとき,あるいは自然の奥深くに潜んでいて存在そのものが明らかでなかった量を発見したとき,その存在を具体的に刻印する手段なのです.
例えば,暑さ寒さは肌で感じられます.この感覚を量としてどう表すか.単位を定めて数値化できれば,客観化されて比較もできます.こうして,温度という量の概念が生まれ,単位には「セルシウス度」が定められました.温度が定義されることによって,気体の熱的性質も明らかにされるようになり,熱力学という学問が生まれました.そして,さらに一歩踏み込んだ絶対温度の「ケルビン」という単位も定められたのです.
電気や磁気,あるいは原子がかかわる現象になると,温度などに比べてさらに自然の奥深いところに潜在していたものを科学者が見い出し,それを引き出してきたといってよいでしょう.その時,その現象を具体的に表す量を定め,単位も制定して,電磁気学や原子物理学が生まれました.
単位を学ぶということは,自然の奧に隠された科学の骨格を学ぶということです.多くの量は,クモの巣のように,単位という糸で相互に張り巡らされているのです.すなわち単位を抜きにして,科学を学ぶことはできません.
本書では,この単位を主題としながらも,その成り立ちに注目しました.長さの単位「メートル」,圧力の単位「パスカル」,電流の単位「アンペア」,磁束密度の単位「テスラ」など多くの単位がありますが,これらを現代の立場から,その意味を述べることは易しいことかもしれません.現在ではSIという国際単位系が確立されて,多くの単位の本でも解説されています.しかし,そのひとつひとつの単位の成り立ちを見るとき,それが現れた現象の発見から見なければなりません.最初に新しい現象がどのようにして発見されたか,このとき量の概念が単位とともにどう定義されたか,そして,それが紆余曲折を経て,現在の単位にどのようにいたったか,その道筋をたどるということになります.
各講の冒頭には,その単位の尺度の図を載せました.この図を見ていると,基本単位だけでなく,どの単位も人間を基準にしているといっても過言ではないことに気づきます.そして,その単位を基本にして,10倍,そのまた10倍と次々と想像を絶する大きな世界から,反対に10分の1,そのまた10分の1と次々と想像を絶する小さな世界まで,その量が広がっていることに,人間の知性の偉大さを感じずにはいられません.そして,その量がどれくらい大きいか,また小さいかに思いを巡らすこともまた楽しいことです.
本書は,単位から見た科学の発展を述べた書であるともいえます.単位に関心を持つ人だけでなく,科学やその歴史について興味を持つ多くの皆様にも読んでいただけると嬉しく思います.

2009年7月                      著 者

 
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