近年、シカゴ学派社会学への関心が高い。アメリカはもとよりイギリスやフランス、ドイツ、イタリアそして日本でもシカゴ学派に関する著書や論文が続出している。世界各地で「シカゴ学派ルネッサンス」が生じていることは大変興味深い現象であるが、シカゴ学派への関心の持ち方も各自によって多様である。なかにはシカゴ学派の継承者を自認することで、自らのアプローチに正統性を付与しようとするものもいる。こうした自称シカゴ学派は別にして同学派への関心はおおよそ四つのタイプに分かれる。
一つは従来の肯定的であれ否定的であれステレオタイプ化されたシカゴ学派のイメージないし「神話」を脱構築し、シカゴ学派の新たな像を構築しようとするリビジョニストの試みである(L.
Harvey, M. J. Deegan, J.Platt, D. Smith)。第二のものはシカゴ学派の思想や方法論やモノグラフの再考を通じて、現在の社会学研究の展開のための糧として利用しようとする試みである(Janowitz
の編集した the Heitage of Sociology のシリーズにはこうした意図がある)。変数分析を中心とする現代社会学に代替するあらたなアプローチを模索する試みなどはその一例である(A.
Abbott の実証的ナラティブ分析など)。第三はシカゴ学派の方法や研究内容に限らず環境にも目を向け、研究を支えた制度や組織、さらに当時のシカゴの政治的・経済的・文化的関心など広い文脈から、シカゴ学派の興隆と衰退を明らかにしようとするものである(M.
Bulmer)。第四のものとしては、シカゴ学派の文献を渉猟して、その多様な研究領域を整理し、さらに未刊行の文献・書簡まで含めた地道な文献学的な考証を加える研究である(G.
A. Cook, H. Joas)。シカゴスタイルの実像がアーカイブから呼び覚まされてくるのである。
本書をこうした研究動向に位置づけるとするならば、第二と第三の立場に近い。シカゴ学派の知的遺産との対話を通じてそこから新たな社会学的営為の糧を得るために、シカゴ学派を担ったトマスやパークやミード、さらにその先駆者たち(サムナー、ウォード、スモール)の思想や方法論の再検討をおこなう。もちろん、そのためには第一と第四の研究成果を十分踏まえて行なわねばならない。さらに注意すべきは、シカゴ学派はこうした巨人たちによってのみ生み出されたものではないということである。二〇世紀初頭の都市的世界のさまざまな人生模様を生き生きと描いた一連のモノグラフこそがシカゴ学派の実質的な研究成果である。巨人の思想のみならずモノグラフと真摯に向き合うことで、そこから多くのことを学び取ることができる。
また、こうした知的宝庫であるシカゴ学派を理解するには巨人やモノグラフだけに目を向けていては不十分である。その知的生産力の背後にある当時の都市的環境や文化的雰囲気や研究組織や研究資金など幅広い文脈のなかで捉える必要がある。創造性豊かな研究者世界を生み出すのはいかなる環境や組織であるのかということは興味深いテーマであるが、シカゴ学派はまさに格好のケーススタディの対象である。本書で取り上げたのは当時のシカゴの都市環境と研究を支援した財団などのフィランソロピーだけであるが、こうした限られた面だけからもシカゴ学派の活動を可能にした社会環境への理解は深まるものと思われる。
以上のような観点から本書は三部構成とし、第一部ではシカゴ学派の巨人の思想・科学論に検討を加えた論考を配した。第二部ではシカゴ学派のモノグラフを取り上げ、今日的意義を論じている。最後の第三部ではシカゴ学派の形成の社会的背景と研究資金の基盤をインテンシブに論じた論文を配した。本書は単なる論文集ではない。思想・実質的研究内容・社会的背景の三位一体で学説研究は遂行されなくてはならないという視点に基づいて編集されている。そして各論文は特定のテーマに限定して、できるだけ深く論じるよう心掛けている。そのため初期シカゴ学派全体に対する目配りは幾分欠けているかもしれないが、シカゴ学派の知的遺産の理解はかなり深められたと思う。この点に本書の独自性があると自負している。
もっともシカゴ学派がもともと多様であるので、その再検討を通じて生み出されてくるものが、ひとつのまとまりを示すとは限らない。本書も各論者の様々な視点と立場からなされたシカゴ学派の再生と新たな創発の試みであり、無理に一貫性や統一性を求めていない。ただ異質なものに寛容であるだけでなくて、異質なものをさらにより一段と広い視野と統合性のレベルで止揚するより「一般化されたパースペクティブ」のなんらかの可能性を、多様な視点のなかから読み取っていただければ、編者としては望外の喜びである。
本書の執筆者は仙台と京都をそれぞれ拠点とする二つの研究グループの共同作業の成果である。二つのグループは別々にシカゴ学派の研究を進めてきたものであるが、幸い編者が互いに旧知の間柄であったので、それぞれの成果を持ち寄ることで研究をさらに推進することができるのではないかと考え、今回の企画を立てた。早い段階で原稿をいただきながら諸般の事情で作業が遅れたが、本書の当初の意図は一応達成されたものと思う。 |