|はじめに|

 近年,国民の食生活や長寿に対する関心が高まる中,血栓症や糖尿病などの生活習慣病に対して予防,症状の改善,治療効果のある成分が含まれている水産食品が注目されている.この端緒になったのは,1970 年代にデンマークで本土に居住する人に比べてグリーンランドイヌイットの人達に虚血性心疾患が少ないことが疫学的に明らかにされ,その食生活の違いから,水産食品中の EPA が脳血栓や脳梗塞の予防に有効であることが明らかにされたことである.それ以来,高度不飽和脂肪酸を初めとして,多くの水産食品成分が人の健康維持増進に深く関わっていることが知られるようになってきた.
 水産庁では 1984 年より水産分野の大学,国公立及び民間の試験研究機関の連携のもとに,魚介類に含まれる健康機能を有する栄養成分の分析,利用技術の開発のための研究をスタートさせた.

 その後,本プロジェクトは医学分野,農学分野の研究者の参加を得て,水産物健康性機能成分の研究に総合的に取り組み,高度不飽和脂肪酸(EPA,DHA),ビタミン,ヒスチジン,キチン,キトサン,プロタミン,コンドロイチン硫酸,魚骨カルシウムなど,多種多様な成分の健康性機能を医学的に明らかにしてきた.
 さらに,これらの成分を日常の食生活の中で合理的に摂取できるように「食べ物」としての研究も並行して進めた.すなわち,これらの健康性機能成分には不安定なものがあり,その機能が損なわれるのを防ぐための加工・流通技術の開発に取り組んだ.

 また,これらの成分を高濃度に含有する新たな食品を開発するための食品素材化技術,美味しく食べるための味,香り,物性などの嗜好性に関わる研究なども精力的に行った.これらの研究は 1994 年より「水産物機能栄養マニュアル化基礎調査事業」として展開され,研究成果は成果報告集としてまとめられているが,その内容は上述のように膨大なものである.

 そこで,上記成果を中心に,健康に対する水産生物由来の機能性成分の役割の医学的解明とその利用,および関連する最近の知見をとりまとめて,平成 11 年度日本水産学会秋季大会でシンポジウム「水産物の健康性機能とその利用」を開催した.
 本書は,上記事業の成果を中心に,日本水産学会シンポジウムの記録をとりまとめたものである.したがって,本書はそれぞれの分野の専門家によって研究方法とその成果が簡潔に記載され,その分野の最新の状況が述べられている.

 いわゆる一般的な啓蒙書ではないが,内容は非常に広範囲の分野に関わっているので,食品,医薬,水産関連など多くの分野の研究者,技術者及びこれから研究を始めようとする学生諸氏にとっても役立つものとなっている.今後,これらの成果が日常の食生活の中に生かされ,健康社会の実現と水産物の高度利用及び消費拡大に貢献できれば幸いである.
 最後に,上記事業の立ち上げ・推進・とりまとめには,本書の編者以外に,当時の水産庁中央水産研究所柴田宣和,篠原和毅,西岡不二男および中添純一氏,水産庁研究課有薗真琴,三觜 徹および大菅知彦氏,東京水産大学教授
小泉千秋氏,また,終始適切なご助言を頂いた北海道大学(酪農学園大学)教授新井健一氏の尽力があったことを記す.
2001年 3 月
編者代表
山 澤 正 勝
関  伸

 
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