|はじめに|

 わが国の食品産業は,戦後急速に発展し,今や食品製造,流通,外食産業を含めて国内総生産額は 50 兆円を超え,電気,自動車などわが国有数の工業生産に匹敵する勢いである.科学技術の進歩に伴って食品加工,貯蔵・流通技術は著しく発展し,全国どこでも各種の加工食品が生産,販売されている.さらに最近は輸入食品やさまざまな新しい加工食品が増加し,また流通過程の複雑化などにより,身近な食品がいかなる原料,製造方法で生産され,どのような性質をもつものかがみえにくくなっている.
 食品工業における加工技術の現状は大部の専門書に詳細に説明されているが,食品専攻の大学教育において,その概略を簡明に解説した教科書はほとんどなく,教科書としての概説書が要求されていると考えられる.この分野の「食品加工学」の教科書では加工食品の全般が網羅されているが,加工技術の紹介に終始し,食品工業全体の視野から食品加工技術の概論を記述したものが少ないことを指摘せざるを得ない.

 元来,食品は人の生存に不可欠な物質で,主に生物体を素材にしており,その組成は水とタンパク質,炭水化物,脂質,無機塩類などに分かれる.われわれが日常摂取している食品を分類すると,約 300〜500 種類になるとされている.これらの食品素材に手を加えて食べやすくする,嗜好を満足させる,安全性を確保する,栄養価を高める,保存性をもたせるなどの処理が食品加工の目的であり,そのための機械的操作,加熱処理,物理化学的,微生物学的,酵素的諸作用などの操作が加工技術である.粉砕,加熱,蒸留,分別などの食品工学的単位操作と,発酵,酵素作用などの反応工程の組み合わせがそれぞれの食品に対する具体的加工処理となる.
 本書の内容
 そこで本書の内容は従来の「食品加工学」とは,視点を変えた食品工業技術の教科書・講義資料として,次の 4 点を収録事項とすることが適当ではないかと判断した.
 1 わが国における主要な食品の加工製造業の現状:  どのような食品がどれだけ生産され消費されているかを知ることが,食品工業の実状を把握するために必要と考えられたので,第 25 章に食品工業の需給動向として取り上げた.  A 食品についての加工原理と基礎知識についての概説:  長い伝統をもつ多くの加工食品について,その加工工程の流れを把握することは,近年著しい進歩を示す食品加工技術を理解し,修得するための基礎知識として重要と考えて取り上げた.
 2 最新の製造工程の概略:  最近では根幹の加工工程に続く,機械的処理や精製処理による新製品の創作,良好な品質を保持する貯蔵技術および流通工程の合理化なども重要な課題となり,食品工業技術の領域が拡大する傾向にあるので,この点についても取り上げた.
 3 現在使用されている主要な製造機械の解説:  食品の製造・加工法を学ぶに際して,製造工程図あるいは機械の動作図解などがあれば,要点の理解に役立つはずであるが,講義の際にこれらのスライド,プリントなどを常に用意をすることは難しいので,できるだけこれらに関する資料を収録することとした.

 本書の構成
 本書は 25 章に分れているが,全体を便宜上,二大別して加工製造技術編と保蔵流通技術編に分けた.各編の配列は類書によった.近年,管理栄養士国家試験制度のガイドラインに従って,栄養学科における「食品加工学」の講義内容は保蔵関係が重視されるようになってきているが,各章はそれぞれ独立しているので講義順序は適宜選択されも差し支えない.ただそれ以外の場合はやはり最初から目を通して頂ければ理解が得やすいものと考えられる.加工製造技術編は個別,具体的であり,初めて食品加工を学ぶものにとっては比較的なじみやすいが,保蔵・流通技術編は普遍的,理論的になる傾向は否めないからである.
 [第1編 加工製造技術]は食品の加工技術の流れにしたがって 15 章に分けたが,加工技術の要点をおき章を分けたので,原料やその成分が類似したものでも,処理法が同じ場合は,他の章に移したものもあるので留意して頂きたい.一応,加工食品の全般をカバーしたつもりであるが,各章の内容は上記の収録事項に従って生産量,あるいは消費量の多いもの,あるいは重要性の高いものから取り上げた.そこで伝統的食品など特殊なもの,少量しか生産されないもの,などの加工技術は本書の分量を超えてしまうと考えられるので,割愛した.もし項目の選択に不十分な点があれば,その責は編者にあるのでご叱正により今後改めていきたいと考えている.
 [第2編 保蔵・流通技術]は目次のように 10 章に分けたが,各食品区分にとらわれない横断的な作用機作,あるいは成分変化の図表からの説明が多くなるので,理解には食品化学の基礎的知識が必要である.ここで欠落しているのは輸送関係と,食品工業として不可欠な排水,廃棄物処理であるが,食品関係技術の広範なことを改めて認識した次第である.
 また,1,2編を通して,各所にトピックスあるいは解説的な説明をコラムとして配置したので,折にふれて目を通して頂ければ幸いである.  各章の執筆担当者は,食品加工,保蔵の実際面に精通されておられる教育,研究,あるいは行政分野のベテランの先生方に依頼した.最新の情報を基に適切な説明が行われていることと確信するものである.従って本書は大学の講義資料としてのみならず,食品関連業務に携わっておられる一般の方々にも是非とも推奨したいと考える次第である.(以下省略)

平成 9 年 3 月

監 修 鴨 居 郁 三
編 集 堀 内 久 弥
編 集 高 野 克 己

 
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