|はじめに|

 日本人は,古くから海と深くつきあってきた.縄文時代の貝塚を調べると当時から魚介類を食料としてきたことがわかる.一方では,海に対する感謝と恐れ,あるいは海の向こうに極楽があるといった西方浄土の思想をもっており,海は日本人の精神的な面に大きく関与している.また,海は芸術の世界にも影響を及ぼしており,海の風景を描いた浮世絵(葛飾北斎の「冨嶽三十六景神奈川沖浪裏」など),あるいは日本庭園では石や木を用いて海の風景を庭に表現している.また,幕末の英雄,坂本龍馬も,海から世界をみて日本の発展を夢みた.このように,四方を海に囲まれた日本は,海の恩恵を最大限に受け海洋国家を自負してきたのである.しかしながら,われわれ日 本人の海への理解は著しく乏しいといわざるを得ない.
 本書の著者3 人は,これまで海洋学,水産学を学びながら,瀬戸内海を主な研究フィールドとして沿岸域,浅海域の低次生物生産とその環境について教育・研究してきた.その中で自分たちの知識の整理をするためにも,学生にこの分野についてよく学んでもらうためにも,「適当な教科書がない」と感じ続けてきた.しかしながら,私たち3 人には立派な教科書を書き上げる力があるとは思えない.それでも,何度もくり返し読んで基礎知識を整理,確認できるもの,あるいは,この分野で重要とされている図や表を頭に入れるためのテキストがあれば良いと考え,私たちは,本書の執筆にとりかかった.
 本書は,化学と生物に基礎をおきながら海洋の低次生物生産過程についてまとめてみた.地球表面の約7 割は海洋である.この広大な海洋で起きている低次生物生産と,それに影響を及ぼす環境因子,さらには,それにまつわる物質循環について理解することを目的とした.また,陸に近い沿岸域,浅海域と呼ばれる場所は,面積は小さいものの,生物活動が活発で,それにともなう物質循環も非常に活発な場である.その生物活動が活発な沿岸海域における低次生物生産過程についても,理解することを目標にした.
 私たちの研究室には,毎年,何人かの学生が「海が好き」といって,専攻生として入ってくる.若い高校生や大学生諸君の中には,海に魅力を感じ,興味をもつ人がたくさんいると思う.本書が,そういう人たちの入門書となり,また,海への興味や理解を一歩でも専門的に深めていただければ,このうえない喜びである.なお,本書の副題を「海の低次生物生産過程」としながら,動物プランクトンをはじめとする二次生産者に関する章を設けることができなかった.著者らの力不足である.今後もっと勉強して,いつかそれらも含めた解説書ができればと考えている.また,本書をお読みになってお気づきの点やご批判があれば著者までご連絡いただければ幸いです.(後略)

 2014年9月
           多田邦尚・一見和彦・山口一岩

 
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