|はじめに|

 本書は,日本海洋学会の下部組織である沿岸海洋研究会の設立50周年を記念して刊行されたものである。本研究会が設立(当時は沿岸海洋研究部会)された1962年は,埋立等による沿岸域の地形改変や産業排水・都市排水による環境負荷が著しく増大したわが国の高度経済成長期さなかにあたる。さらにこの時期には,伊勢湾台風(1959)や第2室戸台風(1961)による高潮・高波,チリ地震津波(1960)などの沿岸海洋に関わる甚大な災害が頻発していた。これらの様々な問題に対処するために沿岸海洋に関する知識と理解を深めることを目指し,沿岸海洋に関わるわが国の研究者や技術者の協力・情報交換の場として設立されたのが沿岸海洋研究会である.
 設立以来の本研究会の活動には二つの中心がある.一つは,春と秋の日本海洋学会の定期大会時における沿岸海洋シンポジウムの開催である.このシンポジウムでは,開催時における研究の動向や開催地の地域性を踏まえたテーマについての話題提供と討論が行われている.もう一つの活動の中心は,機関誌「沿岸海洋研究」の年2回の刊行である.同誌では,沿岸海洋シンポジウムでの話題が論文として採録されるとともに,会員からの投稿による原著論文,短報,寄稿や研究会の企画による総説などが掲載されている.このシンポジウム論文や総説は,特定のテーマについての最新の知識をまとめた資料として大いに役立っている.本研究会は,これらの活動を通じてわが国沿岸海洋学の発展を牽引してきたのである.
 さて,本研究会の50周年を記念して刊行された本書は,沿岸海洋学のさらなる発展への貢献を企図したものであるが,高校生や大学の初年次生を対象とした啓蒙書・入門書ではなく,ある程度海洋学の基礎を修め,沿岸海洋学のより深い理解を目指す人向けの専門書である.ただし,専門書といっても沿岸海洋学の体系的な教科書というわけではない.沿岸海洋学を「沿岸」の「海洋学」と考えれば,それはあたかも海洋学の一部のようであるが,実際には必ずしもそうではないので,基礎的な海洋学の体系を修めても実際に沿岸海洋の研究に取り組んでみると戸惑いを覚えることも多い.そこで本書では,沿岸海洋に特徴的なテーマを取り上げ,それぞれについて研究実績をあげてきた人達に,自らの経験から得た「勘どころ」や教科書にはあまり書かれていないような知識を語ってもらうこととした.したがって,本書の構成は十分に体系的なものではなく,また個別にはかなり深く専門に踏み込んだものもある.このため本書は,全体を通読して理解するというよりは,沿岸海洋の研究の様々な局面で,関連するテーマについて理解を深めるために用いられることになるであろう.本書の試みが成功し,沿岸海洋学の発展に貢献することができれば誠に幸いである.(後略)

 2013年10月       日本海洋学会沿岸海洋研究会会長
                 武岡英隆

 
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