|はじめに|

 「里海」という言葉を,里山のアナロジーとして,1998年に提唱し(柳,1998 a, b),「人手が加わることにより生物生産性と生物多様性が高くなった沿岸海域」という里海の定義と,里海概念の詳細に関する『里海論』(柳,2006)を出版して以来,この新しい言葉は,様々な場所で使われるようになり,2007年には内閣の合議事項である「環境立国戦略」の中でもとりあげられるに至った. その結果,逆に,里山と比較すると未成熟な里海概念に対する様々な疑問や指摘が筆者のもとに寄せられるようになった.
 例えば,「人手が加わることで,生物多様性が高くなることはないのではないか」,「漁業経済の問題もきちんと考えないと,里海の創生は不可能である」.「法律的な位置づけが必要である」,「環境保全に関係する鎮守の海などの信仰の問題をどうするのか」,「都市と漁村の関係のあり方をきちんとさせなければいけない」……等々.
 これらの問いや指摘のすべてに答えるだけの力を筆者はまだ有していないが,本書はこのような数々の問いや指摘に答え,実際に里海を創生していくための試みの一歩として書かれた. まず2章では,「里海論」の発展として,里海の定義に直接関わる「人手と生物多様性」の問題を,次に,「里海の漁業経済的側面」,「法律的側面」,「景観生態学的側面」,「科学と社会の関連」の問題,などを考察する.
 そして,3章では,現在の日本各地で展開されている里海創生の事例のいくつかを具体例紹介し,4章では里海概念の海外発信例を紹介し,5章でまとめを行なう.

 
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