|まえがき|

 瀬戸内海では1960年代からの高度経済成長期に,コンクリート用骨材・埋め立て・地盤改良などの用途に,6億m3を超える大量の海砂が採取され,海底・底質・水質環境が著しく悪化した.
 例えば,海底地形の変化により流況が変化し,ナメクジウオ・イカナゴなど砂地に生息する海洋生物の現存量は激減し,海砂採取に伴い発生する濁りによって海水中の光の届く深さが減少し,濁りが海草・海藻の表面に付着して光合成を阻害して,アマモ・ガラモなどの藻場面積が減少した.
 このような海砂採取による海域環境悪化を食い止めるべきであるという世論の高まりによって,1998年2月の広島県を皮切りにして,2006年4月の愛媛県を最後に,瀬戸内海の全海域で海砂の採取が禁止された.
 しかし,海砂採取によって悪化した海底・底質・水質環境を修復し,豊かな瀬戸内海を取り戻すには,どのような対策・方法が最も適当なのかは,明らかにされてはいない.
 その原因の1つは,海砂を含む瀬戸内海の海底環境の特性が明らかにされていないことにある.すなわち,海砂を含む瀬戸内海の底泥はどこから供給され,どのように移動し,どのように変質し,水質にどのような影響を与えるのか,最近までほとんど明らかにされていなかった.
 本書は,瀬戸内海の海底環境に関する最新の研究成果を含む様々な知見を総合的にまとめて,今後の瀬戸内海環境修復の指針を与えようとするものである.

 まず2章では,現在の瀬戸内海がいつ頃,どのようにして成立し,その結果,どのような海底地形が形成されたのか,それが現在までどのように変遷してきたのか,などについて述べる.
 このようにして形成された瀬戸内海の海底には,上に乗っている海水中から様々な物質が沈降してきて,その沈降物質が底泥の特性である底質を決定する.

 3章では,瀬戸内海の底泥の堆積速度と底質中の重金属濃度に関する知見をまとめ,瀬戸内海全域の堆積物・重金属収支を明らかにする.
 瀬戸内海の底泥はその場にとどまり続けているわけではない.

 4章では,瀬戸内海全域の底泥がどのように輸送されているかを述べ,大阪湾を例に,沿岸地形の変更に伴う,海底直上の流動変化によって,底泥輸送経路がどのように変化したかについて述べる.
 底質と底泥中に生息するベントスは,水質の変化に応じて変化する.

 5章では,環境省による瀬戸内海におけるここ30年あまりの底質・ベントス調査結果を整理して,底質とベントスの変化,およびそれらの水質変化との関連についてまとめる.
 底質は水質の影響を受けるばかりでなく,逆に水質に影響を与える.

 6章では,瀬戸内海の底質から海水中に溶出するリンや窒素の溶出特性に関するまとめを行う.
 このようなリン・窒素の溶出は海底直上水の溶存酸素濃度と密接な関係がある.成層が発達する夏季に,上層からの酸素供給速度より底層水・底泥中における酸素消費速度が大きくなれば,底層海水中の溶存酸素濃度が低下し,貧酸素水塊が発生する.貧酸素水塊は底層・底泥中に生息する海洋生物に深刻な影響を与えると同時に,リン・窒素の溶出量を増大させる.

 7章では,このような貧酸素水塊に関する瀬戸内海全域の分布特性・経年変動特性をまとめる.

 8章では,海砂採取の歴史・現状・今後の見通しを述べるとともに,備讃瀬戸における海砂採取に伴う濁水の挙動,備後灘における海砂採取の藻場に対する影響の事例研究を紹介し,備讃瀬戸と播磨灘における海砂とイカナゴの生息の関連に関する事例研究を紹介する.
 最後に9章では,以上の知見に基づいて,瀬戸内海の海底を含む,底質・水質環境修復はどのように進められるべきかを提言する.

 本書の元となった共同研究は,平成14年度 日本生命財団助成金による「瀬戸内海の底質移動シミュレーション」(研究代表者:岡市友利 香川大学名誉教授)である.

 
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