|はじめに|

 外来種の侵入は生物多様性にとって最大の脅威と言われる.わが国でもとうとうブラックバスが特定外来種に指定された.特定外来種は,飼うことはもとより,他地域に放流したり運搬したりすることが禁止され,違反すると厳しく罰せられる.もうこれ以上日本の水域を侵略させないという方向性が示された.日本に移殖されたブラックバスは,湖沼や河川の止水域に生息するオオクチバス,それに河川の流水域に生息するコクチバスに大別される.さらに,オオクチバスはノーザンバスとフロリダバスの2亜種に細分され,現在,日本各地で交雑が進行している.このようにさまざまなバスが日本に持ち込まれた理由は,バス釣り師たちが日本中の水域でより大型のバスを釣りたいという要求を満たすため,いく度となくアメリカから導入したからである.いずれも強い魚食性を示し,日本在来の淡水魚を地域的に絶滅させている.

 ブラックバス被害の凄まじさを見せつけられたのは2000年の宮城県内のため池と伊豆沼においてである.1993〜1996年の魚類調査ではほとんどのため池でヌカエビ,スジエビ,モツゴ類やタナゴ類が多量に見られ,ラムサール条約指定登録地の伊豆沼では驚くほど多量のゼニタナゴとその他コイ科魚類が生息していた.2000年に再び調査すると一転してほとんどのため池でモンドリに入る魚が皆無となり,岸辺には大量のソフトルアーが投げ捨てられ,これらのため池がバスに乗っ取られたことを物語っていた.同期の伊豆沼では小型定置網の漁獲量が1/3に減少し,バスを除いた漁獲尾数は1/10以下に減少し,ゼニタナゴやメダカは沼から完全に姿を消した.
 バス駆除は希少魚保護と同時進行で取り組むべき課題である.このような中で立ち上がったのが,シナイモツゴの模式産地である大崎市鹿島台の住民と伊豆沼の自然再生を願う一般市民たちである.前者は2002年に「シナイモツゴ郷の会」を結成し,後者は2004年に「伊豆沼バス・バスターズ」を結成した.2つの団体は協力し合いながら誰でもできるブラックバス駆除の手法を開発し,駆除の体制を整えた.さらに,彼らは本来の目的である生態系復元を実現するためにこれまで困難とされてきたシナイモツゴやゼニタナゴの復元と正面から取り組んだ.最近,彼らはため池の特性を巧みに利用して,シナイモツゴとゼニタナゴの簡易な人工繁殖方法を相次いで開発している.2006年5月,地元小学生が繁殖させたシナイモツゴをバス駆除した水域へ放流することにより自然を再生しようという夢のような企画が実現している.1〜2年後にはゼニタナゴの放流も可能になるであろう.

 日本人にとってブラックバス駆除や在来魚の放流による自然再生は,地形的な特殊性や遺伝子攪乱への配慮が必要なことから,基本的にはそれぞれの地域においてこれらを考慮した独自な取り組みが行われるべきである.一方,全国津々浦々にはびこったブラックバスを退治するにあたり,行政に委ねることには限界があり,市民が積極的に参加する市民と行政の協働が不可欠となっている.私たちは多くの市民団体が自然再生を目指してバス駆除に立ち上がることを願っており,その際に本書で紹介した市民参加型バス駆除・自然再生をモデルとして参考にしていただければ幸いである.

2006年6月
編者 高橋清孝・細谷和海

 
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