|はじめに|

 近年,これまでわれわれが便利なものとして使用してきた農薬や化学物質の約 70 種以上の化学物質が,「環境ホルモン」として人間を含む生物の生理・生態にまで大きな影響を及ぼしていることが指摘され始めた.一方,地球規模の環境問題では,1997 年 12 月京都において地球温暖化の国際会議が開催され,そこでは温室効果ガスの削減目標の討議が行われ,21世紀の地球環境の保全が叫ばれた.20 世紀の後半は時代とともに新しい環境問題が増し,同時期を過ごしてきたわれわれの産業活動,社会生活の在り方が問い直されようとしている.今まさに,これから沿岸環境から地球規模までのすべてのスケールの地球生態系をどのように維持していくか,健全な形にどのように回復させるのかなどの対策作りとその実行が求められている.

 わが国の沿岸海域は,その流域に人口が密集しており,そのために人間活動の影響を大きく受け,河川,産業事業所,下水処理場を通して有機物や栄養塩,農薬,化学物質などが環境への負荷として内湾・沿岸域に流入している.沿岸の「水質管理」一つを考えた場合でも,その根本的な防止対策としては陸域からの汚濁負荷量の削減と環境での浄化力向上が必要である.そのため,流域の下水道の整備,家庭での雑排水対策,産業・農畜産排水対策などが有効であると同時に,流入河川や沿岸域での自浄作用を強化するため,河川の直接浄化,ヨシなど水生植物や人工干潟・藻場の造成なども考えられている.  生態系を重視した沿岸環境の維持・管理を行っていく場合,これからは余分な人工エネルギーを使用せず,自然の生態系の機能を有効に活用することは大きなメリットである.しかし,自然生態系の機能による許容量には限界がある.沿岸都市への過剰な人口集中の見直し,流域での資源・廃棄物などのリサイクルの活用,ゴミを出さない生産システム作り,われわれのライフスタイルの変革など抜本的な対策を構築することにより,河川流域,沿岸域における物質循環のバランスのとれた社会システムを構築することが早急に求められる.

 そこでわれわれ海洋研究者としても現状の海洋環境の問題と課題を整理し,新しい時代に向かってわれわれが求める海洋環境の姿を次世代に示しておくことが重要な責務と考える.そのために,海洋はそこに生活する生物にとっての直接の生息場であると同時に,われわれ陸上に生息する生物にとっても重要であり,地球規模スケールの環境から閉鎖系内湾スケールの環境まで,閉鎖された地球環境の中,それぞれの生態系とその構成者は互いに切り離すことのできない関係にあることを改めて認識することが重要である.本書では沿岸環境を巡る環境アセスメントへのこれからの対応として,第T章は過去の実例と新たな沿岸の環境問題,第U章は過去から現在に至る河口域,干潟,内湾で起こっている開発工事に伴う環境問題とその課題の整理,第V章はこれから沿岸環境を生態系のためにどのように考えるべきかに関して,1999 年から実施される新制度の環境アセスメントへの提言,第W章は環境問題を解決するための社会のシステムの在り方をまとめた.自然科学研究において,環境問題は避けて通れない社会的課題である.今後の沿岸環境を維持・修復するための参考になれば幸いである.

石川公敏・風呂田利夫・佐々木克之

 
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