|はじめに|

 海域でプランクトンネット曳網を行い,サンプルを固定する前に顕微鏡で観察すると,カイアシ類,オタマボヤ類,ヤムシ類,クラゲ類等がうごめくなか,卵膜が虹色に輝く魚卵や千変万化の仔稚魚の形態に魅了される人は少なくない.仔魚の中には成魚とは似ても似つかない形態をもつものもあり,そこには彼らが生き残るための数々の秘密と進化の道筋が隠されている.
 卵から稚魚に至る初期の生活史を明らかにすることは,資源変動機構を理解することはもとより,放流用あるいは養殖用種苗の生産技術の開発・向上のために,さらには,沿岸・浅海域の環境保全を考えるうえで重要である. しかしながら,日本産魚類約4200 種のうち,仔稚魚期の形態と分類が明らかにされていない種数はその約3 分の2 に達し,その中には水産重要種も含まれている.近年,DNA 情報に基づく卵仔稚魚の種同定技術(DNA バーコーディング)が開発され,産卵や仔稚魚の生態に関する精度の高い新知見が蓄積されつつある. たとえば,DNA バーコーディングによってこれまで種同定が困難とされた卵や孵化後間もない仔魚の親がわかることによって,ニホンウナギやマアナゴの産卵場所が特定されたように,産卵や初期分散等に関する知見の精度は飛躍的に高くなった.さらに,この技術に基づいて種同定された卵仔魚を対象に,緻密なフィールドワークが展開され,高精度海流モデルの進展もあいまって,浅海域仔稚魚の環境変動に対する応答や仔稚魚の分散と加入機構に関する研究は近年大きく進歩した.
 これまで水産学シリーズにおいて,No.8「稚魚の摂餌と発育」(日本水産学会編,1975 年),No.83「魚類の初期発育」(田中 克編,1991 年),No.98「魚類の初期減耗研究」(田中 克・渡邊良朗編,1994年),No. 107「 ウナギの初期生活史と種苗生産の展望」(多部田 修編,1996 年),No. 116「砂浜海岸における仔稚魚の生物学」(千田哲資・木下 泉編,1998 年)が刊行されているが,その後,魚類の初期生活史に的を絞ったものは15 年以上出版されていない.長い年月が経ち,その後の新しい知見をとりまとめた成書の刊行が望まれていた.
 本書は,魚類の初期生活史研究に挑戦している若手研究者に,卵仔魚の種同定技術から,各生息場(干潟,砂浜海岸,藻場,内湾)における仔稚魚の生き残り戦略ならびに両側回遊魚,サンゴ礁魚,浮魚,底魚類の卵仔魚の分散と加入に至る最新の研究成果について,平易に解説していただいた.若手研究者の熱意と斬新なアイデアに満ちあふれた最前線の研究成果にわくわくしながら読み進めることができると確信する.魚類の資源管理,沿岸・浅海域の環境保全に携わっている研究者や行政担当者はもとより,一般の方,水産学を学び始めた方に是非ご一読いただき,まだまだ謎の多い魚類の初期生活史の理解につなげていただければ幸いである.

平成27年7月
                  望岡典隆・木下 泉・南 卓志

 
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