|はじめに|

 ハタ科魚類(口絵1-1,1-2)は,世界各地の温帯域から熱帯域に広く分布し,非常に美味であることから,高級食材として取引されている.とくに,東アジア・東南アジア諸国では,中華料理の食材として欠くことのできない魚である.近年,わが国においても,和食の重要食材として注目され,人気も高まりつつある.このような需要を背景に,現在では重要な海面漁業対象種として,盛んに増養殖が進められている.しかし,本科魚種は初回成熟まで時間がかかる,雌性先熟型の性転換をする,産卵集群を形成するなど,特徴的な繁殖様式をとることから,安定的な種苗生産の確立にあたり解決すべき多くの問題を抱えていた.近年,本科魚種の繁殖特性を考慮した新たな種苗生産技術の開発が積極的に進められ,科学的に裏付けられた種苗生産の実施が可能となりつつある.
 また本科魚種は,沿岸生態系において上位に位置する魚種であることから,海洋環境の保全・回復の観点からも重要視されている.天然海域における漁獲量の増加により,沿岸生態系全体に及ぼす影響が懸念されている.最近では,本科魚種の仔稚魚形態や移動回遊など生活史にかかわる研究や,配偶子形成や産卵行動など繁殖にかかわる研究が急速に進み,多くの興味深い生物学的特徴が明らかとなりつつある.現在,これらの情報を利用し,ハタ科魚類の持続的利用に向けた天然資源の保全・回復を目指す取り組みが開始されている.
 このように,ハタ科魚類はわが国の水産業においてきわめて重要な魚種であり,また,今後の水産業の活性化の一翼を担う魚種であるが,ハタ科魚類の繁殖にかかわる最新の生理生態学的情報および種苗生産の最前線情報を理解し,種苗生産・養殖・資源管理を戦略的に進めるための討議を行う場がなかったことから,平成26年度日本水産学会春季大会において,「ハタ科魚類の繁殖の生理生態と種苗生産」と題したシンポジウムを企画した.本書は,水産学会における講演を,I.ハタ科魚類の増養殖を支える科学,II.ハタ科魚類の増養殖技術の最新情報,III.ハタ科魚類増養殖の今後を考える,の3項目に整理し,大学や水産研究機関の研究者や技術者はもとより,種苗生産や増養殖に携わる養殖業者,また,水産学を学ぶ学生諸君に,現在実施されているハタ科魚類を対象とした増養殖事業の情報を提供するとともに,今後の課題・問題点を提示することを目的として編集されている.本書が少しでもわが国の水産研究の助けになれば,編者としてはこのうえない幸せである.
 なお,本書では学名がEpinephelus septemfasciatus から Hyporthodus septemfasciatusに変更されたマハタについて,学名の決定に関する論議が続いていることもあり,混乱を防ぐためこれまでの論文や報告書で使用されている学名Epinephelus septemfasciatusを使用することとした.

2014年10月1日
                  征矢野 清・照屋 和久・中 田 久

 
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