|はじめに|
 「養殖の餌と水−陰の主役たち」が出版されてから6年が経過した。本書は、主に水産系や海洋生物系の学部・学科における餌料生物学や増殖環境学、増殖微生物学などの教科書・参考書として刊行されたものである。この間、多くの方々にご利用いただき、編者・著者として感謝の念に堪えない。しかしながら、近年、アミノ酸類似物質のタウリンや不飽和脂肪酸のDHAが魚類の栄養や生理において重要な役割を果たしているとの認識が高まっており、餌料生物学の教科書としてこれらの物質の要求性や機能についての項目が必要であるとのご指摘があった。そこで、この分野の第一人者である東京海洋大学竹内俊郎教授にお願いして第2章を新たに追加した。お忙しい中を快くお引き受けいただいた同教授に厚く御礼申し上げる。
 
       2014年7月
                        杉田 治男


 近年,世界の養殖生産量は増加傾向にあり,漁業総生産量の約1/3を占めるに至っている.このように養殖は食料問題解決の担い手として世界的に注目を浴びており,それを支える増殖学の重要性も増しつつある.一方で,現在話題となっている食の安全・安心や持続的生産などに象徴されるように,これからの養殖は単に魚介類や藻類を増やすだけではなく,生産過程での薬剤の使用量を減らすとともに,環境への負荷をできるだけ軽減するなど多くの努力を強いられることになる.また,昨今のバイオエタノールブームが飼料に使用する原材料の価格高騰につながるなど,食料だけでなく,その生産に関わる資源の確保も国家戦略として考える時機にあることを痛感させられる.

 このようにわが国の養殖を巡る環境は年々厳しくなりつつあり,その状況を打破するためには新たな主役が必要となる.その1番手に位置するのが微生物である.例えば,未利用資源を発酵して養殖用飼料の原料とすることや,抗菌活性を有する細菌を魚介類に投与することによって感染症を制御することが期待されている.20世紀が抗生物質や抗菌剤などを利用することで多くの有害微生物と戦ってきた「対立の世紀」とすれば,21世紀は有害微生物を暴走させるのではなく,有用な微生物を用いて彼らと共存する「共生の世紀」となるかも知れない.

 わが国ではこれまでに多くの増殖学に関する教科書が刊行されてきたが,その多くはおもに魚類の側面から書かれたものであり,餌や環境,あるいはそれを支える微生物の立場からのものは少なかった.餌料生物学や魚類栄養学,さらに増殖環境学や増殖微生物学の分野における近年の発展はめざましいものがあるが,それらを俯瞰する成書が少ないのが教育現場の悩みであった.そこで,これらの分野の理解を深めるため,本書が企画された.本書は当初,「養殖を陰で支える主役たち」の書名で原稿を募ったものであり,事情により書名が「養殖の餌と水−陰の主役たち」と変わってもその主題は何ら変わるものではない.

 本書には多くの不十分な点もあろうが,読者諸賢からのご批判,ご意見を頂きながら,後日の改善に努力したいと考えている.
 
杉田 治男
 
ウィンドウを閉じる