|はじめに|

  多くの人々を魅了して止まない水族館.その発祥は,英国ロンドン動物園内に1853 年に開設されたFish House とされている.当初は,台の上に置いた小さな水槽で水生生物を見せる程度の施設であったが,やがて循環濾過装置が考案され,海水を頻繁に交換することなく水質を維持できるようになった.また,熱交換器や殺菌装置などの環境調節装置や大型アクリルガラスの製造技術の発達などにより,現在の水族館では,比較的安定して多くの水生生物を飼うことができる.さらに,飼うことが難しい生物の飼育・繁殖に果敢に挑み,自然の営みを水槽内で再現させるなどの飼育員のたゆまぬ努力が実り,飼育展示が可能な生物も年々増加傾向にある.Fish House 開設から約160 年経った現在,われわれは水族館で,体長8 m を超えるジンベイザメや深海の生物をガラス越しに見ることができるようになった.
 近年,水族館の施設は急速に変貌を遂げてきたが,その役割も同様に多様化してきた.わが国の水族館は,比較的長い間,単に珍しいあるいは美しい生き物を見たり,海獣類の曲芸などを楽しんだりするリクリエーションの場であった.しかしながら最近では,絶滅危惧種や希少種など水生生物の繁殖・保護の場として,あるいは水生生物の展示を通じて海洋環境や生物多様性の大切さを学ぶ社会教育の場としての役割も求められるようになった.さらに,飼育員によって実施される生物研究も多くの成果をあげており,水族館の重要な役割となりつつある.これらの活動に触れることで,毎年,多くの若者が水族館飼育員になることを夢見て海洋生物系あるいは水産系の学部・学科に入学している.
 このような多様なニーズに応えるため,水族館の飼育員には多くの知識や経験が求められているが,幅広い知識が得られる成書が少ないのが教育現場の悩みであった.本書は,水族館の飼育員・学芸員を目指す学生諸君の教科書・参考書として,あるいは水族館や水生生物をより深く理解しようとする人々の啓蒙書として企画されたものであり,その一助となることを願って止まない.本書には多くの不十分な点もあろうが,読者諸賢からのご批判,ご意見を頂きながら,後日の改善に努力したいと考えている.
(後略)
2014年2月末日
杉田 治男

 
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