|はじめに|

 私は子どものころから魚と海が好きでした。とにかく大学から始まり、神奈川県に就職してからも魚や海にかかわる仕事一筋の人生を送ってきたといってよいでしょう。その仕事の大半が水産試験場(現在は水産技術センター)での魚の調査や研究にかかわるものでしたが、途中10数年ほど県庁の水産課で「漁業調整」といわれる水産行政の仕事にたずさわっていたことがあります。
 漁業調整の仕事ってどんなことをするのかというと、漁業権や漁業許可の許認可、漁業の取締り、漁業のもめごとの仲裁など、漁業者はじめ人を相手にする仕事です。
 じつは長く魚や海を相手に仕事をしてきた私ですが、この漁業調整の仕事に就くまでは「漁業権の漁の字も知らない」ほど漁業について無知だったのです。「海は国民みんなのものだから自由に使える」、「魚や貝など誰もが勝手に漁獲できる」、「漁業者は自由に魚を漁獲して商売している」、「誰でもすぐ漁業者になれる」などと思っていたのでした。つまり「漁業のしくみ」がまったくわかっていなかったのです。あのとき、遅ればせながら猛勉強したことを思い出します。
 さて、この仕事にたずさわっていると、漁業者はもちろん一般の方からも漁業について、あるいは海の利用についてなど多くの質問を受けます。中には漁業や漁業者に対する苦情や中傷に類することも多々あります。そしてそれらの大部分は、漁業者も一般の人も「漁業のしくみ」を理解していないことに起因するものであると思っています。
 本書は漁具や漁法の解説をするのが目的でありません(参考程度に資料編に記してありますが)。漁業という商売がいかに護られ、成り立っているのか、漁業法令に基づく漁業そのもののしくみについて書いたつもりです。
 「漁業のしくみ」について一般的にごくわかりやすく説いた著書はあまり見当たりません。もちろん漁業法などの解説書はありますが、行政関係者として法律にかかわる人を対象に書かれたもので、漁業に関する用語だけでなく法令用語が多く、一般的にとっつきにくい感じは否めません。もっともこれから紹介するように漁業そのものが多くの法令にしばられて成り立っている商売であるからやむを得ないことなのでしょうが……。
 そこで本書では漁業法令などの解説ではなく、よくある一般的な疑問・質問に回答する形式で「漁業のしくみ」がわかってもらえればと試みました。  本文に法令用語が出てくることはできるだけ避け、そのぶん脚注には、その根拠となる法令、条文を含めて詳細に付記したつもりです。ですから最初は脚注や資料編を読み飛ばし、本文だけを読んでいただき、ざっと「漁業のしくみ」を理解していただくのが良いかと思います。さらに「ああ そういうことか」度を深めたい方は脚注や資料編を読んでいただければ、より詳しく知ることができると思います。
 また、本書は私の現場である神奈川県の実態をもとに書いてあります。漁業権の行使状況、許可漁業の種類、調整規則などの細部は各都道府県が実態に沿って定めており、本県とは異なっている部分はありますが、漁業法はじめ関連法令の基本精神は変わるものではありません。漁業者はもとより、海を利用する一般の人たちが「漁業のしくみ」を知り、漁業への理解を深めていただくことができれば私の目的とするところであります。
 (後略)

 
ウィンドウを閉じる