わが国では昔からフグが好まれ,独自のフグ食文化を築いてきた.トラフグの養殖もわが国で初めて行われ,採卵,種苗生産,飼育の技術開発が積極的に取り組まれて,海面の網生け簀を用いる高密度飼育の形態をとるようになってきた.さらに近年,トラフグでは細菌,ウイルス,寄生虫の感染による疾病が頻発したこともあり,高コストながら水質や水温などの管理が容易な陸上養殖も増加しつつあり,温泉育ちのトラフグがニュースで取り上げられなど,トラフグ養殖が観光の目玉となり,地域振興への貢献が期待されている.また,トラフグのゲノム情報を利用して有用形質を支配する遺伝子を特定し,有用遺伝形質をもつ個体を効率よく選抜するゲノム育種が,将来のトラフグ生産技術の発展の基礎となることが期待されている。
フグは猛毒のフグ毒テトロドトキシンをもつことから,わが国では食品衛生法で販売できるフグの種類や部位が規制されており,その上フグを取り扱うには特別な資格が必要である.わが国では古くからフグを食する習慣があるが,有毒フグの有毒部位を間違えて喫食することによる中毒が頻繁に発生していたため,フグ毒に関する研究がわが国を中心に進展してきた.すなわち,フグの毒性には大きな個体差,地域差,季節変動がみられること,フグ以外にも細菌から両生類のカエルやイモリまで多様な生物からテトロドトキシンが検出されたこと,フグに無毒の餌を与えて人工飼育すると毒化しないが,これにテトロドトキシンを与えると体内に蓄積することなどが次々に明らかにされ,フグの毒化は外来性,すなわち,食物連鎖によると考えられようになった.一方,フグ毒保有生物におけるフグ毒の機能については,これまで主に生体防御の側面から研究が行われ,フグに対する免疫賦活作用や捕食生物に対する忌避作用などが論じられてきた.近年,フグの毒化に関わるタンパク質や遺伝子に関する研究も著しく進展してきており,フグは毒が関わる独自の生体内恒常性維持機構を備えているものと考えられるようになってきた.
トラフグはフグ毒をもつので,先述のように安全性を確保するため販売等に当たっては取扱資格が必要な特別な魚であるが,トラフグの生産とフグ毒について関係者が一堂に会して議論する機会はこれまでほとんどなかった.そこで,トラフグの生産技術とフグ毒研究に関する最新の情報発信と今後の方向性を討議するために,シンポジウム「フグ研究とトラフグ生産技術開発の最前線」を2011年度日本水産学会秋季大会開催時に実施した.これらの成果をとりまとめて水産学シリーズとして刊行することは,今後,産学が一体となってフグの生産技術と安全性確保に取り組むために役立つ.
これまで水産学シリーズにおいて,フグの生産に関しては,No. 111「トラフグの漁業と資源管理」(多部田修編,1997年4月),フグ毒に関しては,No. 70「フグ毒研究の最近の進歩」(橋本周久編,1988年4月)が刊行されているが,長い年月が経過し,その後の新しい知見をまとめた成書が望まれていた.本書は,健康で安全・安心なトラフグの養殖生産技術を中心とした最新の知見と今後の課題をまとめた専門性の高いものであるが,トラフグの資源・生産向上と安全性の確保に向け,フグの分類と生態から,養殖技術開発,さらにフグ毒の最新研究まで網羅した幅広い分野をカバーしている.水産関係の大学・研究機関の研究者や学生,水産養殖業従事者,食中毒防止の施策に携わっている食品衛生行政担当者などに加え,フグの安全・安心に関心をもっている一般消費者や観賞フグ愛好家など様々な分野の読者が,フグについて知りたいときに,まず手に取ってもらえるような一冊になることを願い刊行に至った.読者におかれては、本書の興味ある分野から読み始め,関連する分野へと関心が広がり,人々を魅了してやまないフグの新たな理解につなげていただければ幸いである.
2012年3月
長島裕二
村田 修
渡部終五
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