|はじめに|

 有明海は,かつて豊穣の海と呼ばれ,世界で最も生産性の高い内湾の一つであった.有明海漁業の最も大きな柱はノリ養殖である.2000年冬季には珪藻赤潮による色落ちのため大不作となったが,冷凍ノリ網・酸処理剤による病害防除,一部の地域で行われている施肥による色落ち対策などの実施により,ノリ養殖については現在も比較的安定した生産が続いている.
 しかしながら近年,有明海に明らかな異変が起きている.有明海の生態系を支える柱である干潟,潮流,土砂,水など環境因子が変化し,そこに生息する生物相が大きく変化している.各種魚介類の生産高は減少の一途を辿り,かつての「宝の海」に響いた賑やかな声は聞こえない.
 年表(120,121ページ)に有明海環境の変化を示す.有明海に流入する河川では1970年代まで砂利採集が行われ,本来有明海に流れ込むべき土砂が大量に失われた.1986年には筑後川大堰が完成し,有明特産種であるエツの遡上域は狭まった.並行して干拓も進行した.1993年以降の熊本新港の築港,諫早湾の閉め切り,佐賀空港の建設などで有明海の広大な干潟が失われた.これと呼応するかのように,貧酸素水塊が頻発し,有明海の生物相に明らかな異変がみられるようになった. 微生物に目を移そう.他の多くの内湾域と同様,有明海の基礎生産は珪藻が支えている.しかしながら 1990年代から優占珪藻種には変化がみられ,2000年代以降のプランクトン沈殿量は減少傾向にある.さらに,かつて有害鞭毛藻のいない海といわれた有明海でも,1980年代以降はシャットネラなど有害鞭毛藻の大規模赤潮が発生するようになった
.  こうした背景の下,1980年代まで日本有数の水揚げを誇った有明海の水産は大きく変貌した.1990年代前後からは,アサリ・ハマグリの激減,アゲマキの壊滅,タイラギの立ち枯れ・大量斃死が起こり,2011年には貧酸素に強いとされていたサルボウが大量に斃死した.魚類についても,漁獲量の減少傾向に歯止めがかからない.有明特産種のエツも,人工受精や漁獲規制といった努力にもかかわらず,資源の回復がみられない.一方で,アサリに食害をもたらすナルトビエイが増加するなど,有明海の生態系の変化は誰の目にも明らかなものとなっている.
 このような水産有用種資源減少の対策として,種苗放流,海底耕耘,覆砂など,様々な方策がとられているが回復の兆しさえ見えていない.有明海異変の原因解明のため,2013年には諫早湾水門の開門調査が行われる予定である.
 本書では,一般もしくは水産学を学ぶ方に,有明海における水産の現状を理解し,有明海再生への展望をもっていただけるよう,有明海の水産有用種,およびその餌となるプランクトン,さらに物理環境についての現状と最新の知見を平易に解説した.本書をご一読いただくことで,かつて豊穣の海と呼ばれた有明海の現状に関する理解が拡がり,将来的な有明海再生への一助となれば幸いである.

平成24年6月
                    大嶋雄治

 
ウィンドウを閉じる