|はじめに|

 サツマハオリムシ?
 鹿児島市にある水族館「いおワールド」の4階「かごしまの海」コーナーにはサツマハオリムシの水槽がある(図0-1)。本来なら深海でしか見つからないジャイアントチューブワーム(giant tube worm:ハオリムシ類)の仲間が1997年に世界で最初に生きたまま展示され、今では、海外の水族館員たちも見学するくらい、「珍しい生きもの」として有名になった(図0-2)。でも、もしみんなが、水槽の前に立っても、あまり驚かないかもしれない。白っぽい管から赤いものが飛び出していて、ときどきなにかの拍子にシュッと管に引っこんでしまうだけのじみな水槽だからだ。
 このサツマハオリムシ、学名がLamellibrachia satsuma Miura et al., 1997とつけられた、れっきとした動物である。しかし、実は口も目も食べ物を消化するための胃も腸もない。人間でもゴキブリでも、空飛ぶ鳥に寄生するダニも、どんな動物でも、生きていくうえでは食べ物が必要だ。そんなことは当たり前のはず。でもエサを食べない動物がいるとしたら、どんな生き方をしているのだろう。この本で紹介する「サツマハオリムシ」はそんなとんでもない生き方を選んだ動物である。
 では、ハオリムシってどんな生きものだろう。どんなところに住んでいて、どうやって探すのだろう。最初のハオリムシはアメリカ東海岸の潜水艇調査で見つかり、1966年に発表された。でも、あまり注目されず、正体のよくわからない生きものとされていた。しかし、1977年に南米沖の太平洋の水深2500mから2m近い巨大なガラパゴスハオリムシ(Riftia pachyptila Jones, 1981)が発見されると、暗い深海の海底に白く光る象徴的な生きものになった。世界で最も注目度の高い深海生物、それがハオリムシだ。今では世界中で20種類が知られている。
 そのハオリムシの仲間が日本でも見つかった。その場所はいくつかあるが、深海でないところもあった。世界中のハオリムシがすべて深海で発見されているのに、深海でない場所から見つかった。1993年に鹿児島湾の北部、水深100mでサツマハオリムシの群れ(コロニーと呼ぶ)が見つかり、その研究から、1997年に新種として発表された。日本で最初に名前のついたハオリムシである。この発見までずいぶん長い時間がかかった。3年も鹿児島湾の海底をなめ回すように探してやっと見つかった。さらに、年齢を調べたところ、江戸時代から生きていたようだ。調査が進むとサツマハオリムシは日本沿岸の水深300mほどの深海に多く見つかった。そんな深い海の生物が鹿児島湾の100mの海底にどうやってくることができたのか、疑問がわいてくる。世界で最も浅い海にやってきた不思議な深海生物である。
 「ハオリムシ」の仲間は、細長い体を持ち、釣りのエサのゴカイやミミズと同じ環形動物というグループに入る。ただし、ハオリムシはエサを食べない。ではどうやって生きているのか、どうやったら生きたまま採集し、観察できるのか、一説には植物のように根があるともいわれている。さあ、その正体を探ってみよう(図0-3)。

 
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