|はじめに|

みなさんは、サンゴ礁の海を泳ぐブダイを見たことがあるだろうか。
 マスクとシュノーケルとフィンをつけてサンゴ礁の海に入ると、足がつくような浅いところから、さまざまな形をしたサンゴを見ることができる。テーブル状、枝状、塊状などで、茶色っぽい色をしたものが多いが、緑、青、ピンク系もまじっている。そして、そこにはカラフルな魚たちが舞っている(図0-1)。これらの魚たちは、サンゴを隠れ家として、あるいは餌場として、あるいは産卵場所として利用しており、もしサンゴが大規模に死ぬようなことがあると、魚たちの数も種類数も激減してしまう。
 私は沖縄に30年間通い続け、サンゴ礁の海に潜って、そこに住む魚たちのさまざまな行動や生態を調べてきた。主な調査地は沖縄本島の北西岸にある瀬底島と、さらに南方の、台湾の東に位置する八重山諸島の西表島である(巻末の付図に示した世界地図を参照:99ページ)。
 この本では、そこで調べてきた魚たちのうちから「ブダイ」と呼ばれる仲間の生活を紹介したい。
 ブダイ類はニシキゴイのようなカラフルな体色をしているものが多く、全長数十センチメートルから最大1メートルを超えるような種類もいる。沖縄などサンゴ礁で囲まれた島々では漁獲されて、刺身や煮付けにして食べられている。
 ブダイという名前の由来は、マダイに比べて顔が不細工に見えるから「不鯛」「醜鯛」になったとか、大きなウロコが武士の鎧のように見えるので「武鯛」だとか、舞うように泳ぐ姿から「舞鯛」と呼ばれるようになったとか、諸説があるようだ。
 分類学的には以前はブダイ科という独立した科として扱われてきたが、最近の研究によると、ベラ科の中の1つのグループとして含まれてしまうことがわかってきた(図0-2)。ベラ科はブダイ類約100種のほかに約500種のベラ類を含み、サンゴ礁でもっとも繁栄していて、もっとも色鮮やかで目立つグループだといってよい。同じくサンゴ礁でよく目立つスズメダイ科や、淡水魚でもっとも多くの種を含むカワスズメ科(シクリッド科)と親せき関係にあると考えられてきたが、これらとは縁が遠く、タイやフグに近い仲間だという説もある。
 ブダイ類のほとんどは熱帯サンゴ礁が主な生息域で、太平洋だけでなく、インド洋やカリブ海のサンゴ礁にも分布している(巻末付図:99ページ)。日本沿岸でみられるブダイ類としては、本州南岸にブダイとアオブダイという2種が生息しているが、やはり種類数が多いのはサンゴ礁が発達した沖縄で、30種以上が確認されている。
 しかし、日本ではサンゴ礁のブダイ類について詳しく紹介した本はない。
 この本では、沖縄のサンゴ礁に生息するブダイ類を中心に、サンゴとどのような関係をもちながら、どこで、何を食べ、どのようにして子孫を残しているのか、その生活ぶりを紹介したい。
 その際、なぜブダイ類がそういう性質・特徴をもつに至ったのかについて、生物の進化論をベースにした「行動生態学」という分野の見方で説明していきたいと思う。
 ブダイ類の生活について知ると同時に、行動生態学ではどういう考え方で生物を理解しようとしているのか一緒に見て行こう。
 なお、本書に登場するブダイ類の和名と学名を巻末の付表(98ページ)にまとめておいたので、参考にしてほしい。

 
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