|はじめに|

 漁獲物の高品質化の取り組みが,わが国の沿岸各地で行われている.これまでの高品質化の取り組みは「旬」の時期に出荷する,好適な環境下に生息する魚介類を見出して出荷する,あるいは出荷後の流通条件を工夫して品質を維持するなど,品質の見極めと維持によるものであり,魚介類の生命機能を解明し,生命機能を積極的に活用して品質の向上を図るものは少なかった.
 周知のように,魚介類は漁獲前の生理状態,漁獲時の取扱い方,漁獲後の保管温度などによって,市場に流通するときの品質が大きく異なり,市場価値が著しく変化する.この品質変化は,加工処理方法や商品化にも大きく影響するが,現状ではこれらの影響が必ずしもよく理解されないまま,漁獲,加工,流通が行われている。限りある漁業資源を有効活用し,さらには水産業の振興のために,沿岸漁業資源の高度利用,高品質化が喫緊の課題となっている.
 一方,最近では,天然水産資源あるいは養殖水産物の漁獲時の致死条件を制御する高鮮度保持技術や,水揚げ前の蓄養時の環境馴致による体成分変動を利用した,高品質化に関する基礎研究や技術開発の取り組みも多く行われている.
 そこで,魚介類の飼育環境や漁獲条件に伴う生理・生化学的変化に関する基礎研究,蓄養による魚介類の品質向上技術,蓄養に適した漁業・流通システムの開発,に焦点をあて,水産物の高品質化,高付加価値化のための活魚運搬方法や適温保持技術を加えた新しい漁業,漁獲物処理,出荷後流通システムの構築に貢献することを目的として,本出版が企画された。なお,ここでいう蓄養とは,日本農林規格(JAS規格)の定義に従い,漁獲物を出荷調整などのために区画された一定の水域で短期間,餌を与えないで飼育する方法を意味するが,本書では給餌しつつ短期間の飼育を行って漁獲物の高品質化を行う場合も取り扱う.
 本書ではまず,沿岸で漁獲される魚介類がどのようなストレスを受けているのかを,マダイ,ヒラメ,トラフグをモデルとして明らかにするとともに,実際に沿岸で漁獲されるアジ類,サバ類が蓄養されたときのストレスからどのように回復して商品価値が高まるのかを明らかにしている.さらに,低温処理がヒラメの高品質化に有効であることも示している。また,貝類,ウニ類においては,高塩分飼育や温度調節による成熟制御が高品質化に有効であることが示されている.イカ類では活魚輸送中に生じるストレスとその防止法を取り扱っている。最後に,短期蓄養のための新しい漁業技術と流通・情報システムの開発の成果を詳しく記載してある.これら蓄養や短期飼育による高品質化の方法と,漁獲物の運搬,流通システムの新しい方法は,その他の沿岸で漁獲される魚介類にも応用が可能である.今後,本書の内容が広く紹介されて実用化され,わが国の水産業がますます盛んになることを期待する.
 本書の内容は農林水産省「新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業」の「魚介類の出荷前蓄養と環境馴致による高品質化システム技術開発」の成果に負うところが多く,記して感謝申しあげる.

平成24年3月
                    福田 裕
                    渡部終五

 
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