|はじめに|

 四面を海に囲まれる日本は種々の海の幸に恵まれるばかりでなく,量は少ないが河川湖沼の幸にも恵まれ,人々は遠い昔から多くの魚の持ち味を生かした料理を生み出してきた.また,海辺の市町村でも,山村でも,人々はその地方の魚を有効に利用する工夫を凝らして加工し,多くの地域を代表する特産品が生まれている.このように魚は古くから私たちの食生活を潤す身近の動物であったが,改めて「魚の特徴は?」と問われると,漠然とその全体像を思い浮かべることはできるが,一口で明快に答えることは難しい.それほど魚は多種多様の種類に分化しているのである.
魚の棲息場所は水があるところなら地球の隅々まで広がっている.水平的には東西では太平洋,大西洋,インド洋,南北では北極海,南極海はもちろん,さらに各大陸,島々の淡水域まで広がる.鉛直的には海抜5,000m以上のチベット,ヒマラヤ山系の川から,プエルトリコ海溝の水深8,000mを超える超深海底まで魚の棲息が確認されている.もちろん水域によって水温,塩分,光,水圧,溶存酸素量などのような環境要因は一様でないので,魚はそれぞれの環境に適応して生活しなければならない.したがって個々の魚種の生活様式にはそれぞれ特色があり,なかには極限に近い厳しい環境でも,信じられないような適応をして生存する魚がいる.北アメリカの灼熱の砂漠で43.5℃の水中に生存できるカダヤシの仲間,メキシコの洞窟内に棲息する盲目のカラシンの仲間,南極海のノトテニアの仲間とか北極海のタラの仲間などのように,体内で不凍性物質を産生して氷点下の海水中でも凍死することなく生活する魚などはその一部の例に過ぎない.
私たちの目が届かない水中のさまざまな環境に適応して生活する魚たちの体には,合理的に設計された構造と,超能力ともいえる機能が秘められている.この本では,いくつかの対照的な環境を軸にして魚の多様な生活様式の一端を紹介する.

 
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