|はじめに|

 我が国は現在世界一の長寿国であるが,同時に高齢社会を迎えており,医療費や介護費などの増大,生産人口比率の低下が大きな問題となっている.これらの問題に対処するためには,単なる寿命延長でなく,老化現象の予防と制御を行い,高齢者の生活の質の向上を目指すこと,すなわちアンチエイジングに対する取り組みが重要である. 一方,老化の予防は世代を超えた課題であるばかりでなく,近年では性差を問わず高い関心を呼んでいる.中でも,水産物が有する「安全」,「健康」といったプラスのイメージから,アンチエイジングに効果があるとされる水産物由来のコラーゲン,グルコサミン,カロテノイドなどが広く利用され,これらの化合物の名称はもはや一般語となっている.しかしながら,有用とされる成分が示す効果について,科学的根拠が正確に示されているとは必ずしもいえない.
 したがって,水産機能性成分のアンチエイジング活性について,活性素材開発や機能活性の発現機構について,科学的な根拠に基づく最新の情報が渇望されている.私たちは,このような社会の大きな関心事に対して,正確な科学的情報を提供することは,水産学にかかわる科学者の重要な責務であると考え,本書の発刊を思い立った.
 本書はT,U,Vの3編からなり,アンチエイジングに関わる最新の研究成果を紹介している.Tでは,まず水産物が有する多様なアンチエイジング機能を示す成分の中で,近年特に話題になっているアンセリン(1章),グルコサミン(2章),カロテノイド(3章)の3種について,その最新の情報を提供している.ついで4章では,日本人の健康を支える日本型食生活における魚油摂取について,その功罪を新たな視点から紹介している.機能性成分については,コマーシャルなどで大きな話題になってはいるものの,先述のようにその効果について確かなエビデンスが示されていないものもある.Tの各章で述べられる成分の健康増進効果は学問的な裏付けとともに紹介されており,各効果に対して読者がより深く理解する助けとなると信じる.Uは高齢社会の問題として避けて通れない脳機能保全に関する3つの章である.まず,ホヤ由来プラズマローゲン(5章)とDHA(6章)が脳機能保全に有用であることが最新のデータで示されている.魚食離れが言われて久しいが,これらのデータを咀嚼すると,魚食の重要性を再認識することができる.幼児から高齢者まで多くの世代に対して栄養指導にあたっている指導者はもちろん,魚食に関心をもつ各人にも大変有益な内容を含んでいると思われる.7章は脳機能を評価する新しい手法の紹介である.現在,脳機能の変化の解析は容易ではないが,イメージングマススペクトロメトリーにより,機能低下原因物質の詳細な分析が可能になりつつあり,その最新の成果が豊富なカラー写真とともに示されている.水産物由来成分と脳機能の関連の解析を目指す研究者に有益な情報であろう.Vの各章では,アンチエイジング素材の化学的特性や原料からの回収法についてまとめた.8章,10章ではプラズマローゲンやセラミド、コラーゲンについて,魚介類での分布や調製法が述べられている.水産残滓や未利用資源生物からの回収法についても近年の成果が紹介されている.機能性成分の利用では,その機能を科学的に明らかにするとともに,成分の安定的な供給技術の確立が必須であり,機能性成分の利用に興味を有する多くの研究者,技術者に参考になるであろう.一方,9章は水産物由来カロテノイドの機能について,最新の成果を交えてまとめたものである.近年,これらのカロテノイドからこれまで知られていなかったアンチエイジング機能が次々と見出されているが,カロテノイドは極めて多様であり,今後も新たな機能の発見が期待される.このため,本章では水産物由来カロテノイドの構造的特性や代謝,またこれら色素の水産生物における生理的意義を改めて整理した.新たな機能素材は生物の機能を見直すことから発見されることも多いからである.新機能の発見に挑戦したい読者の期待に答えられれば幸いである.
 以上のように,各章の内容は最先端の研究者・技術者にとって有用であることはもちろんであるが,それぞれのテーマの科学的および社会的背景,それまでの研究の流れなどについては,理解を容易にするため図を豊富に取り入れてまとめたつもりである.このため,学部レベルの参考書としても利用可能である.また,健康や美肌維持にかかわるアンチエイジングがトピックであるので,水産分野にとどまらず,学際的な広がりのある様々な分野の読者にも参考になる内容を多数含んでいると確信している.
2011年4月
                    平田 孝
                    菅原達也

 
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