|はじめに|

ようこそ、メジナの舞台へ

 メジナは「私たちがメジナですよ!」といわんばかりに小磯や防波堤で元気な姿を見せてくれます。そんな愛らしい姿に往年の先生たちも誘惑されたのでしょう。メジナ研究は1950年代から学術雑誌で散見できるのです。その後、メジナは多くの研究者に注目され……と続けたいところなのですが、少し話は違うのです。1970年代になると、食料としての魚を確保するための養殖や栽培漁業が発展しました。養殖や放流されるようなマダイやクロダイたちが研究の主役になったのです。
 研究では脇役になってしまったメジナなのですが、彼らは研究よりずっと大きな晴れ舞台で脚光を浴びるようになりました。その舞台こそが国民的レジャーである“釣り”なのです。メジナ釣は1960年代のオキアミの流通によって、ままたく間に全国に広がったのです。釣りをしない人には「釣りなんて!」と言われるかもしれませんね。でもメジナはとんでもない経済効果をもたらしています。メジナのお陰で普段は人々が訪れることのない港町にまで活気あふれるのです。それに釣具には惜しげもなく最新技術が注がれています。開発された技術は私たちの生活にも役立っています。何より、メジナたちは決してお金で買うことができない“癒しの世界”を提供してくれるのです。釣り魚随筆家、小西英人氏の言を借りると、メジナこそが“磯の至宝”なのです。
 さて、今日まで釣りという大舞台で活躍しているメジナですが、研究では脇役という日々が続きました。ここで、もう一度、メジナの研究に話をもどします。はじめに紹介したようにメジナは養殖も放流もされていません。でも、少し見方を変えてメジナを考えてみましょう。
 今日、環境の悪化や漁獲により魚が減っている中、メジナは人(放流)の力を借りずに自力で繁殖しています。それにメジナは放流も養殖もされていませんから、メジナたちはすべて純粋な天然魚ということになります。日本に広く分布する魚の中で、遺伝子を含め、古来より天然のまま姿を残している魚がメジナなのです。そんなメジナから学ぶべきことはきっと多いはずです。
 研究ではしばらく脇役になっていたメジナですが、貴重な生物学的な背景を持ち、人々に貢献してきたメジナの価値は見直されるようになりました。最近では、資源動態(吉原ら,2000)、成長と成熟(前田ら,2002)、分類学的検討(Yagishitaら, 2000)、分子系統(Yagishitaら,2003)、種分化過程(Itoiら,2007)、視物質オプシンのクローニング(Miyazakiら,2005)、色覚の検討(吉田ら,2007)、遺伝マーカーの開発(Oharaら,2003)、遺伝的集団構造(Uminoら,2009)など、資源、生態、分類、生理、遺伝といった主要な分野でメジナが登場するようになりました。どれも最新の技術を駆使したアプローチなのです。メジナ研究はこれから輝きを放ちながら、魚類研究の道標になりそうな勢いさえ感じられるほどです。
 やっとメジナ研究が長い眠りから覚め、メジナたちが研究と釣りという二つ舞台で主役になったところで、記念すべき世界初のメジナ専門書が誕生しました。この本は魚類学の専門書としては異例な試みがあります。それは研究者と釣りで活躍している執筆陣が登場するところです。メジナのすべてを知っていただくために、二つの舞台での輝かしい功績を披露したかったからです。メジナ釣りが好きな皆さまには“生き物”としのメジナに接していただきたいのです。
 この本をきっかけに、メジナファンが増え、メジナを原点に研究者も釣り人も一体になる、そして、メジナたちに関わる人々が幸せになれば、あのメジナたちもきっと微笑んでくれるでしょう。「メジナ 釣る? 科学する?」を存分お楽しみください。
                    (後略)
     2011年2月25日
                       海野徹也

 
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