|はじめに|

 大学で水産学や海洋学など水圏の応用科学を勉強している学生の皆さんは、自分の将来に対していろいろなビジョンを持っていると思います。水産の現場で仕事に従事する、産業界で活躍する、水族館で働く、研究者や科学者を目指す、学校の教師になる、あるいは漠然と技術職になりたいなど、さまざまな選択肢があるでしょう。皆さんは大学で、授業や実験、実習を通じ、海や水域の現象や生き物を対象として、幅広い知識や考察力、問題解決能力やデザイン能力、コミュニケーションやプレゼンテーションの能力を修養しています。しかし、それが社会に出てから何の役に立つのか、何のために勉強するのか、という疑問を感じることも多いと思います。それを理解するには、実際に海や水産業を取り巻く社会で働いている人々がどんな仕事をしているかを知ることが役に立ちます。皆さんが興味を持つ内容であれば、日々の勉強のモチベーションアップに繋がるでしょう。例えば学外実習(インターンシップなど)が良い例ですが、在学中に一人で体験できる事には限界があります。また、将来この分野で社会人として仕事をする場合、どのような価値観や倫理感をもって行動すべきかについて学生時代にじっくり考えておくことも大切なことです。
   本書では、まず水産分野の技術者倫理教育の草分けであられる渡辺悦生先生に、グローバル化の進む世界の中で、水産業に関連した食や環境の様々な社会問題を事例として、技術者倫理のあり方について解説を頂きました。そして、実社会で様々な問題の解決にあたっている日本技術士会水産部会の技術士の方々に執筆をお願いし、社会や地域の振興に関わる活動の一端を紹介していただきました。一読するとよく分かると思いますが、これらの技術士の業務内容は、大学や大学院で学ぶことの延長線上にあります。技術士の資格を持っていなくても、このような業務に従事する人は大勢いますが、水産の世界の多岐にわたる分野で業務にあたる水産部門の技術士の仕事は、とりもなおさず水産系の大学教育の出口の典型と言えるのです。様々な制約のある社会情勢の中で課題を探求し、問題の解決にあたっている技術士の方々の活動には、研究の計画立案(デザイン)や、技術者あるいは社会人として直面する様々な倫理的な事柄が生きた教材の形で含まれています。
 本書は、2010年3月に日本水産学会・水産教育推進委員会が日本技術士会水産部会と連携して企画・開催したシンポジウム「水産技術者の業務と技術者倫理」で、前述の渡辺先生と水産部門の技術士の方々に講演していただいた内容をもとに成書としたものです。大学で水産学を学ぶ学生や、技術者としての自立を図ろうとする水産系大学の卒業生の皆さんにとって、本書が身近な一冊となることを願っています。

平成23年3月
日本水産学会 水産教育推進委員会  萩原篤志(長崎大学)・久下善生(日本技術士会水産部会)・佐藤秀一(東京海洋大学)、良永知義(東京大学)・石川智士(東海大学)・黒倉 寿(東京大学)・渡部終五(東京大学)

 
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