|刊行にあたって|

  データ解析は統計学を含む幅広い手法の総称であるが,その根本に確率分布を用いた数値計算やモデル構築がある.水産に限らず農学や生態学に関する研究者は一般に数学が苦手であるため,面倒な確率計算やモデル論は省略されることが多い.しかし,表計算ソフトの普及によって誰でも簡単にデータ解析が行えるようになってきたため,研究の現場において初歩的な誤りや理論的不整合が目立ってきているように思う.
 この本では対話形式によって,基本的な数値計算や確率計算の演習を行っている.生物データを扱う研究者はもともと数学能力が劣るというよりも,そのような計算に慣れていないだけで,むしろ数学的センスに恵まれている人も少なくない.水産資源解析で扱う問題は数学的には大学1年生程度なので,対数微分と部分積分のテクニックさえマスターしてしまえば,実力が格段にアップすると思われる.
 この本の前半は水産資源学に関する代表的な手法やモデルの解説で,後半は統計学に関する解説である.アイデアを優先させたため,一部ではかなり泥臭い計算を行っている.T君のモデルは実在するが,本書に描かれているほどには数学が得意ではない.実際には後半の方を先に書いたため,T君の数学レベルは前半の方が高くなっている点に注意されたい.
 具体的な内容を紹介すると,最初に水産資源解析の歴史について概説した.続く6章では著者が行ってきた研究テーマを解説したが,これらは1980年代においてパソコンを用いて解決された問題である.データ解析の入門として最適な問題と判断した次第である.残りの4章は数理統計の基本的な問題を,かなり掘り下げて解説したものである.具体的にはガンマ関数を中心とした計算なので,ガンマ関数の生みの親であるオイラーの仕事についても簡単な解説を加えた.
 著者が危惧するのはここ数年,主としてベイズ統計の普及によって統計学の誤用が急速に広まっていることで,とりわけ最高密度領域(HDR)のような基本的な概念が生物学者にほとんど理解されていないように見受けられるのは,きわめて深刻な事態のように思える.またリチャーズの成長式のような簡単な数式が正確に理解されていないのは,高校から大学にかけての数学教育に問題があるように思える.この本で紹介した事例を読者自身が実際に追体験することによって,データ解析におけるセンスとテクニックを獲得されることを願っている.
 2010年1月
                          赤嶺達郎


 
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