|はじめに|

 日本産カジメ属にはカジメEcklonia cava Kjellmanを初めとしてクロメE. kurome OkamuraとツルアラメE. stolonifera Okamuraの3種が報告されている。
 それらの分布については,カジメが黒潮の影響の強い九州,四国,紀伊半島沿岸を除き,茨城県から九州宮崎県沿岸に至る太平洋沿岸や瀬戸内海沿岸,天草地方,隠岐沿岸とされ,クロメが千葉県館山湾から宮崎県川南,瀬戸内海,熊本県天草北岸から福岡県北九州市,日本海沿岸では山口県から新潟県柏崎にいたる各地沿岸など,カジメとクロメの分布域は広い範囲で重複している。ツルアラメは日本海沿岸に限定される日本海固有種で,九州北岸長崎県平戸から北海道小島にいたる各地沿岸である。
 カジメとクロメの形態的な判別基準には,葉状部の皺,茎状部の髄部の空洞の有無,藻体の大きさなどである一方,それぞれの種間相互に形態形質の類似性がある。しかし,ツルアラメはコンブ目の中でも仮根の匍匐枝先端から葉条を栄養繁殖させる特徴をもち,世界的にも珍しい種で,カジメやクロメとは明瞭に区別される。
 カジメとクロメには,生育地によって形態的に異なるいくつかの変異個体があることは昔から知られるが,最近の分子系統解析の知見から,両者には大きな差異が認められないことなどが指摘されている。さらに,ツルアラメにも,形態的に大きく異なる幾つかの個体群が隠岐諸島島前沿岸の極狭い沿岸域から発見されていることや,ツルアラメの特徴である匍匐部先端からの栄養繁殖による葉条の発出がほとんど認められないクロメ様の個体群も発見されるなど,それぞれに類似性と多様性が認められる。
 従来から,カジメ属3種の葉状部の形はそれぞれよく類似することや,ツルアラメのように地質年代的に比較的新しく成立した日本海沿岸に限定した分布域をもつ種を含むことなどから,起源種やそれぞれの種の分化の過程や時期など,この属は大いに興味のもたれる分類群である。さらに,それぞれの種内個体群間の遺伝的な関係や独立性,生育環境と生理,生態的な違いや適応,地域的変異など,大型海藻類における新たな種生物学的な材料としても重要なものと考えられる。
 このほかに,カジメ類の群落は,従来から「藻場」として,水産資源の保全,涵養の場としての重要な水産的,生態的機能が認められている。さらに,これら3種の分布域を合わせると,北海道を除く本州,九州,四国沿岸の概ね3/4近くを占める広大な生育域となるとから,水産上の応用的側面からの知見は有効,かつ重要である。
 しかし,これまで種や個々群落の生育状況に関する研究については,いくつかあるものの,藻場生態系やその機能的側面から,藻体や群落が作る空間や構造と,それに係る動植物群を含めた生態系の相互作用に関する報告はほとんどない。そのため,今後は漁業生産や水産資源保全の観点から,カジメ類の群落生態系がもつ機能を明らかにし,藻場造成やその管理技術が包括的に検討されることが望まれる。
 近年,沿岸域の温暖化傾向は多くの沿岸海域で注目されているが,日本の沿岸域の内,比較的温暖な海域や浅所に生育するクロメは,カジメに比べ「藻場」造成対象種として,今後は特に重要な種として位置づけられる可能性があるものと見なされる。さらに,ツルアラメに関しても,従来から栄養繁殖の特徴を活かして,魚類による食害が頻繁に起こる海域の「藻場」造成種として有効であることが知られるが,分布域が日本海沿岸域に限定されることなどから,まだ十分な研究がなされていない。
 本小著では,カジメ類に関するこれまでの研究背景を踏まえて,ごく最近の新たな基礎生物学や生態学の知見とそれを応用した「藻場」の造成や管理,保全,回復技術に関して検討しており,それらの知見が今後,各地沿岸の「藻場」生態系の研究や事業に活かされることを希望して出版するものである。
(以下 略)  2009年5月23日
 編著者 能登谷正浩

 
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