|はじめに|

 私の進学先が農学部水産学科に内定した1965年10月,2年生の後期の授業に水産学総論という講義があった.3年生として水産学科に進学する前に,水産学のおおよそを理解しておけということであったのだろう.進学先も決まり,専門の勉強が初めてできるとワクワクしながら講義に出席した若かりし日を思い出す.講義は大御所の先生,当時はたしか檜山義夫先生が担当されていたと思う.その後,この講義はしばらく続いたが,やがてカリキュラムの改正があり,この講義はなくなった.もしかしたら,講義のできる先生がいなくなったのかもしれない.このころから研究の細分化が進み,とても全体を把握し,講義できる人がいなくなった可能性も高い.現在でも復活していない.

 そうこうするうちに,大学院重点化が始まり,学部の水産学科は大学院に移されて水圏生物科学専攻と名を変えた.重点化に伴い修士課程の学生定員も大幅に増加した.そうなると他大学の出身者の受験も増え,なかには学部で水産学を学んでこない学生もいて,修士課程に入学した後の講義にも支障をきたすことが出てきた.

 そのような背景もあり,大学院が重点化されてから10年が経過したあたりから,水産学についての総論的な内容の講義や教科書が必要ではないかという声が聞こえるようになってきた.本書の出版はそのような背景から企画されたものである.

 本書の書名については,最終的に水圏生物科学入門とした.これは大学院重点化にあたり,学部では水産学科が水圏生物科学系専修に,大学院では専攻名が水産学から水圏生物科学になったことに因んでいる.専攻名を変えたのは,水産生物は水圏の中で水産生物以外の生物との相互関係のもとに存在することから,水圏生物全般を教育研究の対象にしようとの思いが強かったからである.もともと水産学科には水産経済などの社会科学系の講座がなかったこともあり,水圏生物科学への名称変更もあまり抵抗感がなかったようである.むしろ食用にならない水圏生物を研究対象にしていた先生からは,水産利用という枠が外されて肩身の狭い思いをすることがなくなったと言われたこともある.

 本書の企画にあたっては,第1章から第4章までの従来の水圏生物科学に加えて,新たに第5章として「水圏と社会とのかかわり」を設定することにした.これは,水圏も社会とのかかわりなしには存在し得ないとの思いが強くなってきたことによる.第5章の構成については,編集を担当された黒倉先生との試行錯誤が続いたが,なんとか纏めることができてほっとしている.ちょうどこの間は,日本水産学会に新たに水産政策委員会を設置して社会に向けての提言をお願いしたり,学術大会に新たに社会科学系研究の発表の場を新設したり,さらに新公益法人制度への対応とも重なったが,私にとっては苦しくとも勉強のしがいのある楽しい期間であった.

 本書は,大学で初めて水産学を学ぶ学生の方々や水産学を学ばずに水産系大学院に進まれる学生の方々に利用していただくことを念頭においた.ところで農学系学部はミニ総合大学ともいってよいほどに多様な分野を包含しており,私自身は農学部教員として長年在籍しながら学科の壁に遮られたこともあり,他分野については勉強する機会を逸してきた.そのことへの反省もあり,本書を企画した背景には,他分野の農学系教員の方々に,本書を利用することにより,比較的容易に水圏生物科学全般を知っていただきたいとの願いもある.

 本書のような入門的教科書は本来一人で書くものであろうが,近年の研究分野の細分化と研究の高度化・先端化が進んだことから,もはや一人で纏めることは至難な状況になってきた.限られた時間の中で纏めるには各分野の研究者の方々の協力が不可欠であった.各章の編集担当の先生方には,担当の章を纏めるにあたり,全体の統一感を担保するよう努力していただいた.本書の刊行にあたり,編者の意図を理解していただいて執筆や編集に当たられた先生方に改めて感謝申し上げる次第である.

 また本書の刊行に際し,国内外のさまざまな文献から多くの図表を引用させていただいた.ここに快く引用を許可していただいた方々に改めて感謝申し上げる.

 本書を教科書や参考書として利用されて,なお不十分な点やわかりにくい点も多々あることと思う.忌憚のないご意見,ご批判を賜りたい.

 2009年2月5日 会田 勝美

 
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