|はじめに|
 水質汚濁防止法(1971年)において,とくに水質汚濁が著しいために負荷の削減などの改善措置が必要であるとされた閉鎖性海域は,東京湾・伊勢湾および大阪湾を含む瀬戸内海であった.これらの海域では,化学的酸素要求量(COD)で表される有機物やリン・窒素などの負荷の削減対策が取られてきた.とくに,瀬戸内海については島嶼部のほとんどが国立公園に指定され,風光明媚であるため,その自然を特別に保全する必要があるとの観点から,瀬戸内海環境保全臨時措置法(1973年)およびその後の瀬戸内海環境保全特別措置法(1978年)によって環境が保全されてきた.しかしながら,負荷量が明らかに削減されているにも関わらず,海域の水質基準達成率ははかばかしくなく,全リン(TP)や全窒素(TN)などの濃度は思ったほど減少していない海域がいまだに多い.

 ただし,大阪湾を除く瀬戸内海域では,ノリの色落ちやカキ・アサリなどの漁獲量の減少が明らかで,貧栄養化の過程に入っていることが指摘されてい
る1).中央環境審議会答申(2005年5月)として提出された「第6次水質総量規制の在り方」の中では,「大阪湾を除く瀬戸内海での規制は見送る」こと,および「窒素やリンも適度であれば漁業にプラスであり、澄んだ海と魚の豊富な海は必ずしも両立しない」ことを述べ,それまでの負荷削減一辺倒のやり方から海域の自浄作用や漁業生産を意識した施策への大きな転換を行うべきであることが示された.

 1993年には水質汚濁防止法の一部改正により,閉鎖性海域は前述の3大海域に加えて新たに85海域が追加指定され,全部で88海域となった.つまり,必ずしも汚濁負荷が大きくなくても閉鎖度が高い海域すべてに同様の施策が拡張される形となった.これらの海域の中には2000年の冬にノリの色落ちで問題となった有明海も含まれている.新たに指定された閉鎖性海域は,3大閉鎖性海域と異なり,それまで予算措置もほとんどなく,定期的なモニタリングは行われてこなかった.つまり,あとから閉鎖性海域に追加指定された海湾では,3大海域と比較してすでに30年ほどのモニタリング体制を含めた行政による取り組みの遅れがある.例えば,有明海では「有明海・八代海環境保全特別措置法」が成立して体系的なモニタリングが開始されたのは2002年になってからである.そのため,ノリの色落ち問題においては,十分な科学的解析が行えず,諫早湾の潮受け堤防による閉め切りの影響がどれくらい有明海全体の生態系に対して影響を与えたのかということを十分に明らかにできなかった.

 閉鎖性海域は,元々高い生産性が維持されている場であるが,魚介類の養殖が盛んに行われているうえに,海水交換が悪く物質の滞留時間が長いことが考えられる.そのような閉鎖性海域の環境保全は,水質の改善にとどまらず,そこに生息する生物,とりわけ水産上有用な生物の生息環境保全という観点が必要である.3大海域以外の閉鎖性海域においても,中には環境保全のためのプロジェクトが単発的に行われることもあり,集中的に資金を投じて観測・現場実験・数値モデル解析などを行うことで,大きな成果を上げているところもある.

 本書は,3大海域をはじめとした閉鎖性海域で行われている環境保全の取り組み事例を紹介することで,それらの環境問題の共通点・相違点など洗い出し,今後どのような方向で閉鎖性海域の修復・再生を行えばいいのか,そのビジョンを示すことをねらいとするものである.

   2007年7月
                     山 本 民 次

 
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