|はじめに|

 水産資源学は実際の資源評価や漁業管理に用いられる実学であり,かつては大学の水産学科において必須の課目であった.しかし最近は選択課目となってしまい,水産資源学を学ばないまま試験研究機関に就職してしまうような状況が多くなってきた.そのため水産総合研究センターでは資源評価担当者を対象とした資源管理研修会を随時開催するとともに,最新の手法をとりいれた実用的なテキストを作成することになった.その結果,田中昌一先生を編集委員長として,日本水産資源保護協会から以下の3冊を刊行した.

(a) 資源解析手法教科書.平成12年度資源評価体制確立推進事業報告書,325pp(2001).
(b) 事例集.平成11年度資源評価体制確立推進事業報告書,228pp(2002).
(c) 補遺集.平成13年度資源評価体制確立推進事業報告書,168pp(2002).

 この3冊は実際に水産の現場で資源評価を行っている研究者が執筆したため,実用的である反面,記述や理論面の統一性に欠ける面があった.一方,小型計算機を対象としたプログラム集も既に以下の3冊が刊行されている.

(d) 漁業資源解析のための電子計算機プログラム集.200カイリ水域内漁業資源調査,水産庁,291pp(1978).
(e) パソコンによる資源解析プログラム集.東海区水産研究所数理統計部,356pp(1988).
(f) パソコンによる資源解析プログラム集U.中央水産研究所生物生態部数理生態研究室,279pp(1990).

 これらは発行から10年以上も経過しており,主としてFORTRANやBASICで書かれているため,現在のパソコンには適用困難なものが多い.
 したがってこれらのテキストやプログラム集を踏まえて,最新の手法を効率よく解説し,手軽に適用できる教科書が望まれている.しかしながら現在の計算機環境の変化は著しいため,すぐに時代遅れになってしまう可能性が高い.そこで本書では基本的な考え方だけを示し,基礎学力を身につけることによって,そのような時代変化に対応できる応用力を養うことを目的とした.記述はできるだけ簡潔に,図や応用例を多く掲載するように心がけた.また連携大学院である東京海洋大学大学院で行った資源変動学および資源評価学の講義内容も踏まえている.一部分,数学的に難しい部分も含まれているため,最初はそのような部分を読み飛ばしてもよいが,応用例などを参考にして,最終的に概略を理解することが望ましい.
 第1〜3章はデータ解析に関するもので,体長組成を年齢組成に分解する方法,成長曲線の当てはめ方法,枠どり法や標識再捕法によって個体数を推定する方法について統計学的に詳しく解説した.後半の第4〜6章は代表的な水産資源解析方法に関するもので,余剰生産モデル,成長生残モデル,合意形成について概略を解説した.

 通常の教科書で詳述されている部分は簡潔に記し,それ以外の重要と思われる基本的事項について詳しく論じた.統計学に関する部分が多くなったが,それは水産資源学では主として定量的な問題を扱うためである.したがって数式が多く出てくるが,数式は機械的に処理できる便利な道具とみなして,習うよりも慣れることが大切である.本書に出てくる数式は高級なものではなく,大学1年生程度の初歩的なものなので,基本的には1次式:z=ax+byが正しく理解できていればよい.水産では偏微分係数∂z /∂xが出てくると拒否反応を起こす人が多いが,これは係数aと同じものである.上式はベクトル(a, b)と(x, y)の内積とみなせるので,(x, y)がどのような値をとっても(a, b)=0ならばz=0となる.これが極値条件である.このような内容が感覚的に理解できればよい.統計学的立場としては点推定には最尤法を,区間推定には尤度比検定を採用し,場合によって適合度検定や赤池の情報量規準AICも用いた.第3章では古典的なベイズ統計学も比較のために検討している.

 本書は数学書ではないので,厳密性よりも内容の理解を優先した.厳密な議論については専門書および引用文献を参照されたい.なお計算および作図には水産現場にも普及している表計算ソフトの最適化法や作図機能を使用した.

 
ウィンドウを閉じる