|はじめに|

 過密養殖や過剰給餌による環境負荷が,いわゆる水域の自然浄化力を越えて養殖漁場の悪化を招き,生産性の不安定化や低下する事例が知られるようになって久しい.こうした事態に対処して養殖業の生産性維持に努めるため1999年に「持続的養殖生産確保法」が制定され,健全な海面養殖業の発展が図られている.海面養殖は,特定の区画における魚介類育成の営みであり,同じく管理された区画における食料生産活動である農耕や牧畜と対比されるが,環境インパクトという点では両者は異なっている.第1に,空間的な区画は海面養殖ではあまり意味をもたない.田畑や牧場では区画内に土壌が保持されるのに対して,水の流動に伴い汚濁負荷は養殖場に留まらず周辺域に及ぶ.したがって,環境インパクトは養殖場ばかりでなくその影響を受ける周辺域も含めて考えなければならない.第2に,沿岸域や内湾域では漁獲漁業や交通,観光など様々な海域利用の利害と場を共有しているため,環境インパクトの影響評価は単に養殖生産だけを見るのでは不十分である.さらに海洋は人類の生存に不可欠な種々の生態系サービスを提供しており,それらを損なうことなく養殖生産を維持することが求められる.

 このように海洋環境を保全し,そこでの生態系サービスを享受しながら養殖生産を維持し,発展させていくためには,物質循環を理解して,適切な養殖規模と方法を策定することが必要である.沿岸域では陸域からの負荷を受けるために状況は単純ではない.そのような観点のもとに,日本水産学会水産環境保全委員会は平成17年度春季大会において,環境収容力をキーワードにして様々な立場から海面養殖のあり方を探ることを目的としてシンポジウム「養殖海域の環境収容力評価の現状と方向」を開催した.

 本書はこのシンポジウムの内容をとりまとめたものである.「養殖海域」は聞き慣れない言葉かもしれないが,上記のように養殖活動の環境インパクトを受ける海域として,養殖場とその周辺域を含めた海域を指している.現在,環境収容力として何を尺度にすればよいのか定型はなく,各研究者がそれぞれの立場から取り組んで,方向性を模索している段階である.こうした活動から,これからの海面養殖のあり方が明確になっていくことを期待したい.
以下省略
    平成18年1月
                       古 谷   研

 
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