|はじめに|

 生態系とは,さまざまな生物とそれらを取り巻く物理・化学環境から成り立ち,それらが有機的なつながりを持って機能的に作用しているシステム(系)である.いわゆる「環境問題」は,それまで正常に作用していたシステムの機能の劣化であり,今日の環境問題のほとんどは我々人間に原因がある.
 水圏の環境問題の重要な課題の1つは,閉鎖性水域の水質の改善である.我が国は水質汚濁防止法や,とくに瀬戸内海では瀬戸内海環境保全特別措置法により,高度経済成長期の汚濁状況からはかなり改善されてきた.しかしながら,努力して減らした物質負荷量に見合うだけ閉鎖性水域の水質が改善されたかというとそうでもない.  本書は,Vollenweiderが提唱し,今ではLOICZ(Land-Ocean Interaction in the Coastal Zone)の標準的手法となっている方法,つまり,系を容器とみなして負荷量と水の交換率で富栄養・貧栄養を議論することに限界があることを気づかせてくれる.つまり,生態系内には生物が生息しており,それらが「食う−食われる」という行為を絶え間なく行っており,このことが水質にも大きく影響するということである.
 本書は,Rosenzweigの「肥沃化のパラドクス」に答えを与え,同時に水圏生態学の大命題であるHutchinsonの「プランクトンのパラドクス」にも言及している.水圏生態学が水圏環境学と表裏一体を成す学問であることは,本書を読めば実感できるはずである.私自身,研究者として追い求めてきたものの多くがここにあり,あまりに面白くて時間を忘れて読み進んでしまった.久しぶりに興奮させてくれた書である.  数理生物学,数理生態学分野の人は私と同じ興奮を覚えるはずである.数式が多く出てくるので,それらの苦手な浮遊生物学者には少し難しいかもしれないが,数式はそこそこにしてストーリーを楽しんでもらうだけでも良い.水圏環境学,水圏生態学を専攻する大学院生には是非読んで戴き,水圏生態系を「システム」として総合的に捉えるためには,生物の営みを無視することはできないことを理解して戴きたい.私が数年前に共同研究をしたウェールズ大学のKevin J. Flynn教授によれば,この書はTom Andersen氏の博士論文だそうである.何と驚くべき大作,さすがGreat Britainである.

これから学位を取得しようとする日本の若手研究者よ,頑張れ!
                       山 本 民 次

 
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