|はじめに|
 一般の人々が成体の外部形態だけを見た場合には,フジツボ類がエビ・カニ類と同じ甲殻類に属する動物であるとはとても思わないであろう.しかし,その浮遊幼生期の形態・生態は,まぎれもなく典型的な甲殻類のそれであると言っても過言ではない.
 フジツボ類は,以前から船底・海中構造物や漁網に付着する有害な汚損動物としてよく知られており,その防除対策は古くかつ新しい問題である.特に最近では船底および漁網用防汚剤として広く利用されてきたTBTO(トリブチルスズオキシッド)の使用が禁止されたこともあり,環境にやさしい防汚塗料の開発や新しい視点に立った防除対策の確立が強く望まれている状況にある.
 一方,現在までのところ東北地方など一部の地区に限られてはいるが,フジツボ類は珍味として既に貴重な食品となっており,その評価は徐々に高まりつつある.またフジツボ類が有している,いわゆる水中接着物質や生理活性物質は,近い将来人間生活にとって極めて密接かつ有用な物質の1つになり得ると考えられており,その解明が進んで実用化への道が開かれることが期待されている.
 フジツボ類は,その生活史・浮遊幼生の生態・付着機構・個体群ならびに群集の動態など多くの点で,他の海洋生物とも問題点を共有していると考えられる.同時にフジツボ類は飼育技術が確立されていること,実験動物としてまた野外における採集・調査などの点で比較的取扱い易いことなどから,研究および教育用対象生物としては,他の海洋生物と比較して有利な面を少なからず有していると考えられる.
 本書の刊行を機に,わが国におけるフジツボの研究ひいては付着生物研究がより一層進展し,海洋生物学の進歩に大きく貢献することを心から願うものである.
   2005年11月 平野禮次郎
 
ウィンドウを閉じる