|はじめに|

 私が恩師松原喜代松先生から指示された最初の手仕事は“Weber, M. and L.F. de Beaufort. 1916. The fishes of the Indo-Australian Archipelago. I.”に記載されているApodesの全種を大学ノートに転写することだった.この作業を通して私は魚類の種の記載の要領と図の描き方を習得した.1949年のことである.
現在では,参照したい文献は簡単にコピーできるし,学術雑誌の電子ジャーナルを検索すれば,居ながらにして外国の最新の研究成果も入手できる.文字通り隔世の感があるが,文献収集が便利になった半面,ともすると,貴重な情報の持ち腐れになる恐れも否定できない.
 もちろん,この半世紀あまりの間に,魚類を対象にした研究は飛躍的に発展し,魚類の遺伝子からサメやマグロの昼夜の行動にいたるまで,多くの謎が次々に解明され,魚類に関する私たちの知識は大幅に増大した.とくに魚類の生理学的および生態学的研究の進歩は目覚しく,日を追っておびただしい情報がもたらされ,これらを完全に把握することは不可能に近いといわれる.
 私は本書を魚類の全体像を要約して紹介する入門書にする目的で執筆に着手したが,各章の内容を整理する過程で,生理学や生態学の分野の解説は,この節,続々と刊行されている良書に譲るのが適当と考えて,ここでは魚類の形態に重点をおき,必要に応じて機能形態学的な研究成果も取り入れて紹介するにとどめた.しかし2万種をはるかに超える多種多様の魚類の形態学的特徴は決して一様ではなく,書き残した項目は少なくない.不備な点が多々ある入門書になったが,高度の専門書への橋渡しになることを私はひそかに願っている.
 本書の取りまとめに当たっては,随所で古今東西の研究者の優れた業績を引用させていただいた.ここに記して原著者に深く感謝の意を表したい.また,ここで使用した学術用語は,主として学術用語動物学編(日本動物学会)および水産学用語辞典(日本水産学会)に従った.

2005年2月10日              岩井 保  矢田貞美

 
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