|はじめに|
 本書は 2000 年 11 月 22・23 日の 2 日間にわたり東京大学海洋研究所において開催されたシンポジウム「魚類神経科学研究の現状と展望」の内容を中心にまとめたものである.
 このシンポジウムは以下の目的で企画された.近年,わが国における魚類,特に真骨魚類の神経系を扱う研究者は増え,それに伴い国際的にも高いレベルの研究成果も数多く見られるようになった.魚類の神経系が多くの研究者を惹きつけるのは,構造が比較的単純でありながら脊椎動物の基本形を備えており,脊椎動物中枢神経系の原理を解析するのに恰好の材料だからである.また,構造の多様性の故に研究の目的にふさわしい材料が得られるという利点も見逃せない.しかしながら,これまでは水産学・動物学・医学・工学などの各領域で異なる目的の下,それぞれ互いにほとんど交流することなく研究が行われてきた.この状況を打破するためには各領域における最新の研究成果を報告し合うとともに,研究者の相互交流を図り,今後の共同研究の機会と方策を探る機会が必要である.そこで東京大学海洋研究所の共同利用事業の一環として本シンポジウムを開催した.もう一つの目的は,新たにこの分野を学ぼうとする人たちに必携の教科書を作ることである.研究者が各分野に分散していたこともあり,魚類神経科学に関する適当な成書がこれまではなかった.そこで,シンポジウムの内容を本にすることを目論んだ.
 シンポジウムでは水産学系・理学系・医学系・薬学系・工学系の研究者,合計 17 名が講演し,主として硬骨魚の運動・感覚に関わる脳領域の役割,これらを統合調節する中枢機能,さらには自律神経系の機能や中枢神経系の分化・形成過程についての最新の研究成果を詳細に発表した.なお,その核となった講演者は,既に 4 回にわたり隔年に開催されたシンポジウム「水生動物の行動と神経系」(世話人・伊藤博信(日本医大),宗宮弘明(三重大))の参加者である.今回の企画の実現により,新たな研究交流が創出され,魚類神経科学研究の動向とそのレベルを広く世に知らしめることができたと自負している.また,個々の学会の中では得られない新鮮な批判と助言を受けることができたことも画期的な成果である.もう一つの目的であった出版もこのような形で適えられた.快く出版の希望に応じてくださった上に,終始適切なご助言をいただいた恒星社厚生閣の佐竹社長に心から感謝申し上げたい.本書が魚類神経科学を志す学生諸君にとってのよき指針になればこれに勝る喜びはない.このシンポジウムをきっかけとして,幅広い領域間での相互交流を一層盛んにして,新たな視点からの研究の展開や,画期的な手法の開発や導入を図ることにより,質の高い研究成果をさらに多く出し,日本における魚類神経科学研究を世界にアピールすることを願う.
 なお,本書の内容をより充実するために,「硬骨魚類の視覚系」の章を新たに加えた.また,本書では執筆者の意図を尊重し,成書としての最低限の統一は施したが,他は敢えて図らなかったことをお断りしておく.
(以下省略)
2001 年 7 月
植松一眞・岡 良隆・伊藤博信
 
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