|はじめに|

 水産資源学が生まれてから 100 年,その間に水産業は大きくその姿を変えてきた.20 世紀の中期までは急成長の攻めの時代だった.しかし後期に至って次第に守りの時代へと移っていく.今水産業をめぐる環境は世界的に厳しいものがある.国連海洋法会議は一つの重要な転機だった.
 1970 年代の後半に至っていよいよ 200 海里時代がやって来た.各国の沿岸の漁場は全てその国のものとなり,沿岸国から特別に許可をもらったもの以外は魚を獲ることができなくなった.遠くの海まで行って大量の魚を漁獲していた日本では,魚が食えなくなるということで,魚隠しや魚転がしが流行し,値段がべらぼうに高くなってしまった.
 消費者はあまりにも高価な魚を見限って,魚離れをはじめた.外国の沿岸で魚が獲れないなら,日本の近海を再開発しようと,沿岸漁業の見直しだとか,栽培漁業の振興だとかが叫ばれるようになった.中でも注目されたのは,漁業者の口から資源管理型漁業が主張されるようになったことである.管理型漁業の内容は,人によってさまざまであろうが,いずれにしても,魚の資源を大事に保護しながら末永く利用していこうということであろう.日本の漁業が日本近海の水産資源にだけ頼らなければならないとすれば,有限な資源をいかに有効に活用するかを考えなければならない.このような形で,資源の管理に対する関心が高まったことは結構なことである.
 資源の科学的管理のためには,資源について知ることが第一に必要である.そのために,日本では水産庁の研究所が中心になって,各種の水産資源の研究を進めている.水産資源について研究する学問を水産資源学という.20 世紀に入ってから始まった新しい学問である.日本では特に戦後になって水産資源学の研究に力が入れられるようになった.しかし,研究の成果に基づく科学的資源管理は,いまだしの感がある.自然科学と社会科学の総合された施策の要求される資源管理は,頭のなかで考えるほど単純でやさしいものではない.日本では資源開発は得意でも,資源管理は苦手のようだ.
 戦後間もなくの頃,ふとしたことから私が水産資源の研究に携わることになってから 50 年余が経過した.その間に扱った魚種は,イワシ類,サンマ,ブリ,サケ・マスなどの浮魚から,タイ類やグチ類などの底魚,さらにはオットセイ,クジラにまで及んでいる.その内容も,漁獲量の解析,標識放流調査から,資源の動態論,管理論にまで及ぶ.これらの研究の紹介だけでも,水産資源学の入門書が書けるだろう.
 そう考えながら,物語を読むような気持ちで読める水産資源学の本を書いてみたいと思ったのである.理屈っぽい学問を物語り風に書くなど容易な業ではないが,その出来,不出来はともかくとして,自分の仕事を振り返りながら,一つの記録としてまとめてみたのがこの本である.筆を進めながら,一緒に仕事をした多くの方々の顔が目の前に浮かんできた.この本を世に出すにあたって,いろいろご指導,ご援助を賜った先輩,同僚,後輩の方々に心からお礼を申し上げたい.


    2000 年 9 月
著者

 
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