|はじめに|

 うなぎ,ウナギ,あるいは鰻は日本人にとって最も馴染みの深い魚のひとつである.しかしながら,科学と技術が高度に発達した今日でさえウナギは謎の多い魚であると考えられている.その謎の中心は産卵場がどこだろうかということであろう.その産卵場が1980 年代後半から 90 年代前半にかけて明らかにされた.それに伴ってウナギの海における幼期の生活も知られるところとなった.他の魚とは非常に異なる,興味深い生活を送っている.
 ウナギに関する研究書はこれまで幾つか出版されている.本書の第 1 部『ウナギの生物学』では近年におけるウナギ幼期に関する研究成果を主に紹介する.そこではウナギの複雑な一生が描かれる.しかし,それはあくまでもこれまでに知り得た知見に基づいたもので,ウナギの一生についてはまだまだ判らないことが多いことも述べられている.
 本書の第 2 部『ウナギの細胞化学』では,ウナギにおける脂質の話題を中心としている.魚食が健康との関係で注目されているが,それは魚の脂質の効果が注目されているからだと思う.しかし,魚の脂質の合成,脂質合成の調節,脂質の輸送,脂質の貯蔵などについて従来あまり検討されたことがなかった.
 このようなことを検討するのにウナギは都合のよい魚である.養鰻の盛んな鹿児島では,ウナギを年中いつでも手に入れることができ,また本書の中で述べるように肝細胞を調整するのに便利な魚である.ウナギの肝細胞と筋細胞における脂質代謝について,今までに検討したことを中心にまとめてみた.
 ウナギは天然のシラスを採捕・養殖し,蒲焼きとして消費される.その養殖は日本のみならず海外の中国や台湾でも盛んである.その出荷先は日本であり,日本人はほぼ全世界のウナギを消費していることになる.気が付いてみれば,日本人はウナギの消費を考え直す時期にあるのではないだろうか.本書がその契機となることを期待して執筆したものである.
 ウナギは研究者にとって興味ある魚であるとともに,日本人にとって欠くことのできない食材でもある.それゆえ,ウナギの人工種苗生産や養殖についても知りたいと願う読者は多いであろう.それらについて本書では,私達著者は専門外であるので全く述べることができなかった.
 本書は大学院生や研究者の方々のみならず一般の方々にもウナギの興味ある一生と生体機能を紹介する目的で執筆された.内容に不十分な点があるとすれば著者の責任である.本書がその目的に適い,またウナギの研究の発展に少しでも寄与すればと願っている.
 本書の第 1 部は小澤が,第 2 部は林が担当した.第1部全体の内容に関し,長崎大学水産学部多部田 修教授には多くの資料を提供頂き,また多くの貴重なご意見を賜った.同部第 2 章について,鹿児島大学水産学部佐藤 守教授は長時間に亘り相談にのって頂いた.口絵のウナギ類は鹿児島大学水産学部大学院修士 2 年鳥居聡尚氏が撮影したものである.
 そこで用いた天然ウナギの採取に関しては出水市松元正男氏に,オオウナギの標本に関しては鹿児島県水産試験場指宿内水面分場小山鐵雄分場長に協力頂いた.ウナギ耳石の標本作成と写真撮影に関しては,鹿児島大学水産学部増田育司助教授および大学院修士 2 年酒匂貴史氏にお世話になった.図 5-5 の作成において,南日本新聞社編集局古市正秀氏に協力頂いた.第 2 部に述べた事柄については,鹿児島大学大学院連合農学研究科に在籍した干福 功氏,小松正治氏,Ndiaye Djibril 氏との共同研究によるものが主要な部分になっている.また,鹿児島大学水産学部助教授安藤清一氏には,研究結果について貴重な助言を頂いた.以上の方々に厚くお礼申し上げる.


1999年3月
著  者

 
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