|はじめに|

 DNA を切断する制限酵素,切断した DNA を連結させる酵素リガーゼおよび遺伝子の運び屋ベクターが 1973 年に発見され,遺伝子操作の幕開けとなった.それ以来,Polymerase chain reaction(PCR)を代表とする新しい組み換え DNA 技術の発見,あるいは改良が相次ぎ,最近では,遺伝子操作に関連するキットも市販される時代になり,秘伝的な実験法からいずれの実験室でも手軽に行える操作法になってきている.
 この組み換え DNA 技術の進展は,魚類の遺伝子の研究においても飛躍的な発展をもたらした.魚類の遺伝子構造とその調節領域・成魚機構の解明のみならず,タンパク質の一次構造の決定,各ドメインの構造・機能,生理活性物質産生遺伝子の有効利用,遺伝子の発現機能の解明およびトランスジェニック魚の作出など,飛躍的な発展を遂げた.
 本書においては,現在までに行われてきた魚類の分子遺伝学的手法を用いた研究を網羅している.最初に,分子遺伝学の変遷と発展について,最近開発された新しい遺伝子操作法,魚類では飛躍的な発展を遂げた染色体工学およびトランスジェニック魚作出のための遺伝子導入法および発現ベクターについて解説し,次いで,魚類の分類,系群,多様性あるいは系統進化を論じた DNA 多型と魚類の集団の多様性解析および散在性反復配列を用いた魚類の系統進化の推定について述べる.
 さらに,魚類よりクローン化された各遺伝子,グロビン,ミオシンあるいはアクチン遺伝子,ストレス応答に係わる遺伝子,薬物代謝に関与する遺伝子,種々のホルモン遺伝子,ガン関連遺伝子および生体防御に関与する遺伝子などについて解説される.
 本書が,水産学分野の若い研究者や大学院学生に世界の流れと呼応した独創的研究を展開させるきっかけを提供し,21 世紀における生物生産科学の進展に寄与するよう願ってやまない.ただし,前述したように,遺伝子組み換え技術は日進月歩で進化しており,本書で紹介した内容についても新しいデータがさらに蓄積されつつあり,数年後には新たな企画のもとにそれら新しい研究データを追加し,刊行されることを切に願っている.
 本書は魚類の分子生理学,分子生化学,分子遺伝学あるいは育種学の方面で活躍している第一線の研究者に執筆を依頼したが,ご多忙な執筆者の方々のご協力を心から感謝する次第である.


1997 年 3 月
青木  宙

 
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