|はじめに|

 エビ・カニ類はヤドカリ類を含めて十脚甲殻類を構成する動物群であり,淡水から浅海さらに深海にいたる広い範囲に生息している.その色彩と斑紋に富んだ外観と付属肢を用いたユーモラスな行動は,子供から大人まで多くの人々に親しまれてきた.また分布・形態の多様性と脱皮成長をする生理・生態の特性は水産動物の中でも極めて興味ある研究対象である.さらに食品価値の高い種類が多く含まれており,世界各国で重要な水産資源となっている.
 エビ・カニ類の人工的な生産すなわち増養殖に対する関心は,わが国において特に高く,クルマエビ,イセエビなどを対象に古くから多くの研究が行われてきた.
 この分野における最大の功績は周知のとおり,1930年後半に故藤永元作博士の達成したクルマエビ幼生の完全飼育(Reproduction,development and rearing of Penaeus japonicus,Bate.Jap.J.Zool.,10,305-393,pls.16-46(1942))であろう.それは現在,熱帯・亜熱帯を中心に世界的な隆盛をみるクルマエビ養殖の基礎をなしているのみならず,わが国漁業の資源培養型漁業への質的転換に先駆的役割を果たしているといっても過言ではない.
 経験が重んぜられる水産界にあって,クルマエビ養殖は,基礎的研究が即事業に発展した稀な例であるといえる.これはひとえに多くの研究者,技術者の日夜を分かたぬ努力に負うところが大きいが,その背景には日本人のエビに対する格別深い思い入れが受け継がれてきたためであろう.
 極めて困難とされてきたイセエビの養殖も,最近ようやく現実のものとして考えられるようになった.
 しかし,エビの養殖技術の海外への普及は,東南アジア沿岸域に指摘されるように,マングローブ林の深刻な破壊をもたらした.21世紀における世界の食料,環境問題を考えるとき,エビ・カニ類の増養殖と沿岸・海洋環境の保全との調和を図ることは研究者・技術者に課せられた命題である.
 本書はエビ・カニ類の生産技術の基礎となる生態・生理・生化学的研究の最新の知見を纏めるとともに,生産技術開発の成果を学際的に解説し,今後の進むべき方向を展望しうるように配慮した.水産学専攻・動物学専攻の学生をはじめ,水産学および関連分野の研究者・技術者がそれぞれの立場で本書を活用されれば幸である.
(以下省略)


1996年8月3日
橘高二郎・隆島史夫・金澤昭夫

 
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