|はじめに|

 日食、月食、大彗星…。
 今でこそみんなで楽しめる天体ショーであり、絶好の撮影対象ですが、かつてはどの民族にとっても驚異と恐怖の天変でした。それを予知し、観測し、古の例に従ってその謎を解読し、国家の運勢を占うことは天文官の重大な任務でした。彼らが扱う天変としては惑星の離散集合や恒星への異常接近、新星・超新星の出現なども含まれます。
 現在では天文学と歴史学は全く違った分野に分類されていますが、古代中国では両者は一体のものであり、天文官はすなわち歴史官でした。漢の大歴史学者である司馬遷をはじめ天文・歴史に携わった人は多数います。わが国では律令制度下の陰陽師がその役を担っていました。
 彼らが残した天変の記録を、現在私たちはコンピュータ(PC)によって検証することができます。ハードウェアの向上と並んで各種フリーソフトの充実のおかげで、今日ではだれでもどこでも天文計算・シミュレーションを机上で、あるいは掌中で手軽に行えるようになりました。
 本書は天文と歴史の意外なつながりを知っていただくために書かれたもので、専門家やマニア向けの本ではありません。むしろこれまで天文に関心がなかった人、日食や彗星などを眺めたことがなかった人にも読んでいただきたく、天文学の専門用語や数式はなるべく避けました。
 第一章では古代人にとって最大の天変であった日食について述べました。古代日本の成立を『古事記』、『日本書紀』、『魏志倭人伝』の記載をもとに日食から探っていきます。
 第二章では古来洋の東西を問わず謎であった惑星の集合現象を取り上げます。日本神話の出雲の国譲りや、『史記』、『漢書』に記載された古代中国の王朝開始、聖書の中のクリスマスの星の出現などの年代を推定します。
 第三章は『大鏡』、『明月記』などに記載された天変を紹介します。千年前の平安公家や陰陽師の「客星」の記載が現代天文学の進展に大きく貢献したことが理解されるでしょう。
 第四章では今でも予測できない天変である小惑星・彗星の話題を記しました。小惑星の落下は恐怖ですが、大彗星の出現は素晴しい感動を与えてくれます。二〇一三年一二月初めにやって来るアイソン彗星が大彗星としての雄姿を見せてくれることを期待しつつ、最後の話題とします。
 各章末には、これら天変の解読された過程と結果を記しました。天変のほとんどは、もはや恐怖の対象ではなくなりましたが、その正体については新たな謎が次々と生まれ、解読は今も進められています。
 本書の内容の大半は天文教育研究会の会誌である『天文教育』、NPO花山星空ネットワークの季刊誌である『あすとろん』に載せた記事、さらに最近行った講演内容などを加筆修正してまとめたものです。

 
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