|はじめに|

 もっとも古いハレー彗星の伝承が残っているのは,紀元前11 世紀と言わ れている.天文の古記録が多い中国では,天界の異変を知ることが統治者 の至上命令で行われていた.天界の異変は,地上に反映すると恐れられて いたのである.なかでも彗星は,凶事をもたらすと考えられていた.ハレー 彗星の文字による記録としては,紀元前240 年の出現が最古のものである. 当時の始皇帝は,天界の凶事の予兆をはね返すように,強大な権力を広げ ていった.ところが,その後の漢王朝は,ハレー彗星出現後に滅亡している. 記録には残っていないが,日本では紀元607 年のハレー彗星の接近は,聖 徳太子の時代であった.平安時代には,陰陽師たちが,中国にならって天 変地異の監視をしていたという. ヨーロッパでは,彗星を大気現象と考えていた時代が長く続いていた. やっと16 世紀になって,ティコ・ブラーエが観測によってこれをくつがえ し,天体の1 つだということを証明した.そして18 世紀になって,エドモ ンド・ハレーが彗星を太陽系の一員だとし,彗星天文学がスタートしたので ある. 整然と運動する惑星,位置や輝きを変えることのない恒星に対して,彗 星は特異な存在であった.長い尾をたなびかせた姿は,何かが起こるよう な驚異を与えたに違いない.そして今,彗星は太陽系の起源を知るために, 貴重な天体であることから,歓迎すべき放浪の天体になりつつある.46 億 年前の氷とダストが,太陽に近づいて,華やかなショーを繰り広げるのだ. 本書の内容は,宇宙と太陽系の歴史なかで彗星はどんな存在なのか,彗 星を観測するにはどうしたらいいか,観測したら何がわかるのか,たいへ ん欲張ったものである.科学の眼で彗星を捉えながら,彗星と人間との歴 史に思いをはせるのも,現代人の楽しみ方である.
2013 年8 月
                              鈴木文二
                           秋澤宏樹
                            菅原 賢

 
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