|はじめに|

  月は最も身近な天体であり,人類が訪れた唯一の地球外天体である.月は地球に比べてサイズが小さいので,火成活動が比較的に初期に終息していることから,形成初期の情報を多く保存している.したがって,月は初期の惑星進化を記したロゼッタストーンのような天体であるといえる
.  アポロおよびルナ両計画で大量の月物質が地球に持ち帰られて物質科学的研究が行われた結果,月に関する理解が格段に進展した.しかしながら,探査機が調査した地域は月の表側の赤道付近に限られた地域である.一方,月隕石は,化学・鉱物組成から月面物質との衝突よって無作為に宇宙空間に放出された.アポロやルナ両計画では採集されてない裏側からの隕石も見つけられている.最近の月隕石研究から,アポロ・ルナ試料では知ることのできなかった月地殻の形成がわかってきた.
 1990年代になってクレメンタインやルナ・プロスペクターの観測から,初めて月の全球観測が実施され,その結果月の非対称性や不均一性がより明確になった.2000年代の後半になると,日本の月探査機「かぐや」,中国の「嫦娥1号」,米国の「ルナー・リコネサンス(LRO)」などの月探査機が次々に月に打ち上げられ,従前の精度をはるかに凌駕する高精度で月が観測された.
 ところで,日本の月探査計画は1980 年代後半から検討されはじめた.当初は旧宇宙科学研究所(ISAS)が開発するM3SII 型ロケットを利用する計画であったが,その数年後には日本最大のHIIロケットが旧宇宙開発事業団(NASDA)で開発され,NASDAとISASとの共同で進めることになったのが月探査機「かぐや」の始まりである.大型ロケットにより多数の観測機器を搭載できるようになり,大規模な月探査計画が検討され,国際的にもリーダーシップを取れる内容で進められることになった.しかし,国内には月・惑星探査の経験者はいない状況であり,地球とは全く異なる月環境で使える機器を開発しなければならない.まさに手探り状態で試行錯誤が繰り返され,関係者の長い努力の末に「かぐや」は大成功を収めたのである.「かぐや」では自力で観測機器を開発し,独自の観測データを得て,月科学の世界で最先端に躍り出たのである.「かぐや」には15 台の科学観測装置が搭載され,これまで皆無であった月惑星探査の研究者が大勢育ち,今後の月惑星探査を担う人材も多く生まれたことは大きな日本の財産である.
 著者らは,「かぐや」に搭載したガンマ線分光計の開発,運用,データ解析に従事してきた.本書では「かぐや」で得られた成果を紹介するが,データ解析はいまだ中盤の段階であり,今後は「かぐや」をはじめほかの科学衛星データが分析・咀嚼され,月の歴史の理解はもっと進むであろう.
 月はまだまだ謎だらけだが,本書を読んで月に親しみを感じ月に関心をもつ人が,1 人でも多くなればと願っている.
長谷部信行・桜井邦朋

 
ウィンドウを閉じる