|はじめに|

 遠い山の上で見る夜空ほど美しいものはない.とりわけオリオン座が支配する冬の空は格別だ.冬の星座はたくさんの物語にあふれているし,それになにより,そこには夜空でもっとも有名な天体の1つ,オリオン星雲があるのだから.
 60年以上も前,私はアマチュア天文家としてオリオンを見ていた.望遠鏡は,最初は部品を組みたてて作り,そのうち全くのゼロから自分で全部作ったものもある.そうやって望遠鏡と観測機器を作ることに人生を費やしてきた.だが望遠鏡や観測装置といったハードウェアは,宇宙の仕組みを深く学ぶための手段にすぎない.最初からオリオン星雲に魅せられていた私は,新しい優れた装置が開発されるたびに,当然のようにオリオンを狙った.オリオンの剣の中で光り輝く雲を調べるために使った,あの最初の小さな望遠鏡は,やがて世界最強の望遠鏡,ハワイのケック望遠鏡や,ハッブル宇宙望遠鏡へと移っていった.オリオン星雲は,いつだって新しい望遠鏡のために新しい発見を準備して私を待っていてくれた.
 本書の中で私は,天文学に興味をもっているけれど専門家ではない読者に,オリオン星雲について現在までにわかっていることを語りたいと思っている.だが,ただ美しいものとしてだけではなく,オリオン星雲の真の価値を理解するためには,ある程度の基本的な知識は必要になってくる.それは第1〜7章と第9章で説明する.人類の歴史の上で夜空がどのようにとらえられ,理解されてきたかということを, 先駆的な天文学者や天体物理学者の革命的考え方や,その考え方がどのように改良されてきたかということと関連づけて,簡単に説明していく.だがオリオン星雲という主題からはずれないようにするつもりだ.
 ハッブル宇宙望遠鏡のプロジェクト・サイエンティストとして,世界でも最も強力な望遠鏡を作り上げたことで,私は専門分野における先祖とでも呼ぶべき人たちとの間に,深いつながりを感じている.第10章で,ハッブル宇宙望遠鏡がどうのようにして作られたかに関して,打ち上げ後に発見された欠陥がなぜ起こったかということも含めて,内輪の話を暴露しよう.第11章では,この革命的な望遠鏡が明らかにしてくれたオリオン星雲の新しい姿をお見せする.
 いうまでもなく,優れた望遠鏡を使えばそれだけ深く天体のことを理解できるようになる.オリオン星雲はただ単に美しいというだけではない,太陽や地球と同じような星や惑星がたくさん生まれてくる,太陽系から一番近い星のゆりかごなのだ.オリオン星雲の現在の姿を知るということは,50 億年前の私たちの姿を見ていることにほかならないのだ.
(後略)

 
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