|はじめに|

 人類は100年前まで,地球から飛び出す術を知らず,月へ行くことは夢でしかなかった.宇宙の年齢はせいぜい数千万年と思われていたし,宇宙創世は神の領域であった.宇宙の謎を解明するため,光以外の波長による観測,探査機による直接調査などの方法が可能になったのはわずか半世紀前からである.しかし人類は太古から星々とつきあっている.我々の先祖はいつごろからか太陽や星々の動きから,時の流れ・季節の移り変わりを知り,暦を作って農耕生活を始め,また未知の海原や砂漠へ旅するようになった.今日,我々が文明社会を創り出し科学技術を享受できるのは,星々が規則正しい調和のとれた運動を教えてくれたおかげである.恵みの母である太陽が消えていく日食,長い尾を引きながら天空を駆けていく彗星,ある日突然昼間でも輝く客星,天から降ってくる隕石,離散集合を繰り返す惑星たち,……星空を眺めた古人はこれらを記録に留め,記念碑を造り,吉凶を占った.
 これらの天象のあるものは天からの祝福であり,またあるものは警告・命令であると信じられ,歴史を揺るがしたものも少なくない.星々の位置は日時と場所を指定すれば計算できるので,これらの天象をPCの中で再現し,逆にその日時を特定することもできる.実際,日食・惑星集合・彗星の記録は歴史上の事件の解明に貢献している.また現代天文学へ重要な情報をもたらした貴重な記録も少なくない.20世紀後半に急速な進展を遂げた高エネルギー天文学に寄与したのは1054年の客星出現の記録であった.そのおかげで我々は恒星の終末期の爆発,広い波長域にわたる放射,重元素の生成などのメカニズムについての知識を得てさらに新しい分野を開拓することができたのである.
 広い宇宙の中には,地球のように生命に溢れる星があるかもしれない,いやあってほしいというのは昔からの期待であり願望であった.中肉中背中年の平凡な星である太陽の第3惑星だけに生命が発生し,我々だけが唯一の高等生命と考える方が不自然であろう.地球から飛び出し他の星を訪れて,そこに生命を見出す試みは月へ火星へ木星へ,そして今や土星まで進んでいる.これもまた世界を揺るがした天文事件として特記される.
 本書では第一篇で紀元前から20世紀までの歴史に残る天文現象を8つほど選んで,その解説を試みた.天文学と歴史学とは現在ではまったく異なった分野に属しているが,古代では分離できない事柄であり,天文が社会と深く関わり合ったことが理解できるだろう.また第二篇では北海道から沖縄まで日本各地に残る天文史跡を実地調査した結果を記した.我が国には明治より前からの天文記録が以外に多いことが理解されよう.星々の誕生・終末の姿が描かれている今日でも,まだ多数の天文記録が眠っている.これらを解明することによって,宇宙に謎を解くキーが見出せるものと,また新たな歴史観が生まれるものと期待される.
 本書が天文学の研究者・教育者・愛好家だけでなく,これまで天文に関心がなかった方々にも新しい導入口として理解されて,読んでいただけることを願望する.(以下省略)
                       作花一志

 
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