|はじめに|
 この本は「天文ライブラリー」第4巻として,星座の歴史や神話・伝説,それに星の固有名の意味について書かれたものである.
 星座神話については,ギリシア神話に関連したものを中心に,日本その他の各地の神話・伝説も多少とりいれて紹介した.
 星座の神話を中心に書かれた書物は,わが国でもすぐれたものがすでに多数出版されているが,この本は,できるだけ星座や星名についての資料として役立つものを作りたいと考えていた.従来多くの書物に記るされていることでも,できるだけ信頼できる資料にあたり直し,特に史実について正確を期した.残念なのは古代,中世はもとより,近世の出版物についても,星座や星名に関する直接的な資料である星表・星図・天球儀などの現物を直接参照することがほとんどできなかったことである.そのため,大部分の記述が二次・三次資料によらねばならなかったが,こうした史料の相互間の不一致になやんだことが多い.当否の判断に迷った場合には,異説も併記しておいた.
 従来の星座書では,近世に追加された諸星座についてあまり注意がはらわれていないものが多いが,本書ではこれらの成立の背景を,時代思想や社会・科学の歴史にさぐってみた.
 各星座や星々についての天文学的な解説は,本シリーズ第1巻・星野次郎著『星座写真集』,第2巻・中野繁著『星座の観望』および続刊の第5巻・佐藤明達著『星座小事典』その他にゆずって,ほとんど触れなかった.これは紙数の制約とともに,日進月歩の天文学上の事実については,専門外の筆者が思わぬ誤りを記すことをおそれたためでもある.
 ギリシア神話その他の伝説を紹介する場合,長い物語を要約する関係上,どうしても舌たらずになり,また,参照した書物の記述に類似した表現や要約のしかたとなるのはさけ得なかった.この面では野尻抱影,呉竹一両先生の諸著に負うところが多かったことを,特に記して感謝の意を表するとともに,ご寛恕をねがう次第である.
 また,日本の星名については,ほとんどすべて野尻先生ならびにその指導された諸氏の労に負うものである.西洋の星名については,基本的にはR.H.アレンによりながら,一部G.A.デーヴィスJr.により補った.星名の大部分をしめる中世アラビア語について,筆者はまとまった知識がないので,それらの意味の確認ができないのは残念に思っている.
 その他参照した書物の主要なものについては巻末にあげてある.これらの労作に深甚の敬意を表したい.
 さし絵は,近世初期の絵入り星座のほか,古今の美術作品から興味ふかいものをとり,また星座の名称のもとになった品物などの写真を加えて,星座がいっそう身近なものに感じられるよう試みたほか,小林悦子氏(天文博物館・五島プラネタリウム学芸課解説係長)の蒐集から星座切手のいくつかを拝借させていただいたことを感謝する次第である.
 また,馬場嘉市(聖書考古学),馬場恵二(歴史学,青山学院女子短期大学教授),(故)神田茂(天文学,日本天文研究会々長),田中文雄(美術史,国際基督教大学助教授)の諸先生から種々の助言をいただいたことをお礼申し上げる.
 出版について少なからぬお世話になった恒星社厚生閣の皆様方のご支援がなければ,本書は日の目を見なかったであろう.終始はげましていただいたり資料を調べていただいたりした,小森幸正氏,大崎正次氏をはじめとする天文仲間の先輩・友人たち,特に中野繁医博には巻末の星図の原図としてその著『スター・マップ』の原図の使用をお許し頂いたことを含め,深甚な謝意を表したい.
 また,妻の友人である詩人・村上博子氏の作品一篇をもって,このきわめて散文的な著作に高い芸術的なかおりをそえていただいたことを厚くお礼申しあげる.
1974年夏
原恵
 
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