|はじめに|
 最後の辺境を求め宇宙へ飛び出していこうとするのは,人間の夢でありまた性でもあるだろう。もっとも宇宙への本格的な進出は,もう少し時間がかかりそうだ。宇宙へ行けば人類にも無限の可能性が開けるのだが重力に魂を引かれてやまないのもまた人間の悲しい性である。ま,それはそれとして,やがていつの日か人類が宇宙に進出した暁には,巨大なスペースコロニーを建設し,そこを宇宙における第2の故郷とするに違いない。
 このスペースコロニーというのはなかなか興味深いシステムである。それが宇宙空間にあるという点では天文学に関係する。それが未だ実現していないという点からすればSFの領域に属するだろう。まあ,いわば,天文学と物理学とSFの“楽際”領域の研究対象といえる。
 スペースコロニーはこのようにきわめてユニークな位置にあるのだが,学際領域というポケットにあるため,その科学については語られることが少ない。筆者のそもそもの問題意識は,スペースコロニーの大気構造やコロニー内での気象などがどうなっているのだろうか,という素朴な疑問から始まっている。そして力学的現象や流体力学的現象を中心にスペースコロニーの科学を楽しんできた。そしてその結果,スペースコロニーを舞台として,天文学や物理学のさまざまな概念がSF的に展開できることがわかった。本書はそれらの結果をまとめたものである。
 全体は10章といくつかの間奏章からなっており,コロニー内での基本的な運動や自由落下,雨の降り方など,大学初年級程度の力学で扱える力学的な現象から始めて(1章―5章),海や大気の構造や対流など,学部程度の流体力学的知識を必要とするもの(6章―8章),そしてスペースコロニー内の海洋や大気中の波動現象のような大学院レベルのもの(9章,10章)へと,やさしいものから順に並べてある。またグラフを描くだけのような単純なものから,微分方程式を解いて運動を追跡したり,差分方程式を解いてシミュレーションをするようなものまで,本書の各章で使用したいろいろなプログラムは,恒星社厚生閣のホームページからダウンロードできる(http://www.kouseisha.com/)。
 スペースコロニーやその周辺の現象に(マニアックなあるいはSF的な)関心がある人は,式が苦手な場合でも,各章の最初と最後だけ読んでもらえば,大体内容はわかると思う。またパソコンが使用できれば,プログラムを動かしてもらえれば,さらに理解は深まるだろうし,SFのプロットも浮かぶかもしれない(?)。さらにまた,物理学や天文学を“楽しく”勉強したいな,という人にとっては,式まで丁寧に追ってもらえば,力学や流体力学のサブテキストとしても本書は役に立つだろう。
いろいろな人にそれぞれの方法で本書を楽しんでいただければ幸いである。
筆者
 
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