|復刻版への序文|

 プトレマイオス,コペルニクス及びニュートンの著書は天文学の三大古典と呼ばれるが,時代的にもっとも古いものがプトレマイオスのアルマゲストである.恒星社故土居客郎氏にすすめられてその翻訳を思いたったのは,すでに30年以上も前のことである.私がこの翻訳を志したのは,西洋天文学の源流をたしかめる意図よりもむしろ,明,清の間に中国へ伝わった天文学書を理解するためであった.アルマゲストは天動説を説いたものであるが,その運動理論はヨーロッパ中世に生きつづけ,17世紀の中国に伝えられたヨーロッパ天文学は,いわばその内容を少しく修正したものであった.それは現代の天体運動論とはちがっており,アルマゲストの理解を必要としたのである.翻訳にあたっての底本としたのは,京都大学人文科学研究所に所蔵されたHalmano仏訳本であり,それにManitiusの独訳本を参照した.こうした古典の訳出にはギリシア原典に依拠すべきであるが,ギリシア語に無知な私には到底できなかった.全く不十分なものを読者に提供する結果になった.ところがこのたび出版社から再版の要請があった.当然本格的な訳を準備すべきであるが,それは私にとって不可能ある.絶版になって相当の年数が経過しており,しかも天文学史に関心のある読者の要望が高いと聞いて,再び目をつむって旧版に少しく手を入れ,上,下二冊本を一冊にして出版することにした.Manitiusの独訳本は,1963年にO.Neugebauerによっていくらかの修正を加えて再版されており,新たにこの書物を参照した.初版のミスプリントや仏訳本の誤りなどの訂正は,京都産業大学の矢野道雄君に依るものである.同君はアメリカ留学をひかえて忙しい最中に,訂正に貴重な時間を割いて下さった.心より感謝する.なお第七・八巻を占める有名な恒星表については,位置を表示する度数には訂正を加えたが,現在名は旧版のままにしておいた.この点はなお検討すべき点が残っているためである.
 かつて出版されたアルマゲストの英訳本は,あまり信頼がおけないので,その新訳がアメリカで現在進められていると聞いている.日本でもすぐれた訳書が若い研究者の手によって出版されることを望んでいる.それまでのつなぎとして,この再版が役立ってくれることを願っている.
(以下省略)


1982年1月2日
藪内清

 
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